浪漫ヲ謳エ 上演台本

タイトル・浪漫ヲ謳エ

作・森本聡生

男3人・女2人

上演時間約60分

舞台は海に面した海浜公園。時刻は昼過ぎ。秋の最中波の音、潮の匂いがする。そこに一人の女性がやってくる。東郷梨花である。手にはギターを持っている。辺りを見渡すと座れる場所がある。そこに腰かけ時折海を見つめながらギターをケースから取り出す。そしてチューニングをはじめ、やがて少し音を奏でる。

梨花 一つの記憶に支配されるってどんな感覚なんだろう。私の脳裏に焼き付いた記憶。今でも鮮明に思い出すことができる。あの日あの時あの瞬間が私の人生を変えてしまったのかもしれない。

一人の青年がやってくる。名前は海永、どこか旅人のような恰好をしている。

海永 何をしてるんですか。

梨花 夢を観てるの。

海永 夢…どんな夢ですか。

梨花 懐かしい夢。

海永 おかしいですね。夢は寝てるときにしかみないのに。

梨花 今もずっといつまでも見ています。あなたはどこから来たんですか。

海永 それがおかしいんです。はっきり覚えてなくて。東の方から来たことは覚えてるんですが。

梨花 そうなんだ。

海永 僕も夢を観ているのかもしれない。どうして忘れてしまったんだ。

梨花 忘れただけで失くしたわけじゃない。思い出は思い出せる。いつかきっと。

海永 そうですね。ここは何処なんですか。

梨花 ここは海が見える海浜公園。

海永 あなた以外には誰もいませんか。

梨花 今は私だけ。でも、あなたがやってきた。だから、二人です。

海永 不思議な人です。でもどうしてだろう。君と会ったことがある。

梨花 私は海永さんを知ってる。

海永 海永…僕の名前?

梨花 あなたは海永さん。私は東郷です。東郷梨花。この名前に聞き覚えはない?

海永 どこかで聞いたことがあります、そんな気がする。でも、どこで。

梨花 遠いどこかで、約束をしたあの日に。私たちは出会ったの。

魁がやってくる。

魁 久しぶり。梨花、それに海永も。

梨花 また来たんだ。

魁 そういうなって。また会えた。それだけでよかった。

梨花 これで何度目?

魁もう数えてない。

梨花もう無理だよ。

魁 そうかもしれない。

梨花 今回は何があったの。

魁 あまり詳しくは覚えていない。飛行機に乗ってたんだ。それで突然大きな音がして、機内の明かりが消えて、それでもみくちゃになって気が付いたらここにいた。

梨花 もう諦めようよ。

魁 約束したからな。

海永 約束…

梨花 どうしたの。

海永 僕も誰かと約束をした。でも誰と。

魁 記憶がないのか。

海永 僕の事、何か知ってるんですか。

魁 ごめんな今回も駄目だった。

海永 何がですか。

梨花 お父さんこの人は何も知らないんだよ。

魁 そうか、そうだな。すまない。

海永 君のお父さんなんですか。

魁 東郷魁だ。またよろしくな。

海永 また?

梨花 お父さんとも出会ってるの。

魁 そのうち思い出すさ。

海永 どこで出会ったんだ。

梨花 海永さんは旅の途中で私たちに出会ったの。

海永 いつですか。

梨花 ずっと前な気がする。秋祭りの一週間前だった。

海永 君は誰かと一緒にいた…

梨花 そうだよ。思い出した?

海永 少し…少しですけど。ここに来たことがあります。

梨花 でも、この世界の海永さんがここに来たのは初めて。

海永 この世界?

魁 ここは、お前がいた世界とは違うんだ。

海永 どういうことですか?

梨花 この世界は誰でも簡単に入ってしまう可能性があるの。でも、すぐに問題を解決して元の世界に戻っていく。ここに滞在する時間は。ほんの一瞬なの。

魁 海永の中で消化出来てない思いがあるからここいる。

海永 どんな思いをもってここに来たんだろ。

梨花 思い出すまでここにいればいいんだよ。

海永 町の方へ行ってみてもいいですか?

魁 それは無理だ。

海永 どうしてですか?

梨花 ここが、この世界のすべてなの。

魁 町もない。俺たち以外に人もいない。時間もない。

海永 時間も人も町もないんですか。

梨花 何もない。

海永 そんなことって…夢を観ているのか。

梨花 夢じゃないよ。でも、現実じゃない。

海永 二人はどうやってここに来たんですか。

梨花 迷い込んだの。

魁 気が付いたらここにいた。

海永 いつからいますか。

梨花 もうずっと前から。

海永 この世界に滞在する時間は一瞬なんですよね。でもこの世界に留まっているのはなぜですか。

魁 やり残したことがあるんだ。

梨花 私はもう半分諦めた。でも、やっぱり約束だから。

海永 帰りたいとは思わないですか。元の世界に。

梨花 時間が止まってるの。元の世界の私は。

海永 どうして。

梨花 それを聞いて海永さんはどうするの。

海永 …すみません。

魁 とにかく。海永もゆっくり思い出せ。そしてよく考えればいい。この世界に時間は存在しない。だから焦るな。 時が止まったこの世界。しかし日照時間はあるのか。

海永 時が止まったこの世界でも日は沈むんですね。

梨花 この世界でもなぜか太陽の動きだけが残ってる。

海永 太陽の動きだけですか?

梨花 太陽と月、それに星は動いてる。でも、波は止まってる。

海永 太陽と月だけじゃない。僕たちも動いてます。

梨花 確かに。

やがて太陽は水平線のかなたに沈んでいく。マジックアワー。昼と夜との間の世界。

魁 マジックアワー。世界が青く染まっていく。

梨花 世界が魔法にかかったみたいで綺麗。

海永 魔法にかけられた世界。

梨花 どうしたの。

海永 わからない。でも、どこかで聞いたことがあるかもしれない。

梨花 海永さんが言ってたんだよ。

海永 僕が…そうか。

マジックアワーを超えて夜がやってくる。宵の明星満月が辺りを照らす。五郎が現れる。

五郎 あの日を忘れられない。あの日で止まったまま。俺の時間も家族の時間も。もし過去を変えられるならあの日をやり直したい。でも、どれだけ願ったって過去には行けない。後悔することしかできない。希望なんてない毎日。でも、それでもその少しの希望にすがるた めに働かなくてはならない。心を閉じて。確かに俺は死んでいないだけで生きてはいないのかもしれない。今だって俺はクラクションの音を聞くだけであの日のあの瞬間に戻れるのに。何度だって戻れるのに。何もできずにいる。

クラクションの音

五郎 ここは一体。

梨花 ここは、海の見える海浜公園です。

五郎 そうじゃなくて。君たちは一体。

魁 久しぶりだな五郎。元気か。

五郎 魁、どうしてお前がここに。

魁 それは後だ。五郎ここに来るまで何があったか覚えてるか。

五郎 俺は、事故にあったんだ。

海永 事故ですか。

五郎 ああ、高速道路を走ってる途中に事故にあったんだ。娘が一緒にいた。

魁 そうか、そういう世界か。

五郎 娘が危ない。病院に行かないと。頼む行かせてくれ。

梨花 娘さんの命は助かります。なので心配しないでください。

海永 どうしてわかるんですか。

梨花 嵐山先生と私は出会ってるんです。

五郎 どこで。

梨花 今のあなたの時間ではありません。でも、もう少し時間が過ぎた世界で私は先生と出会います。だから娘さんとの事故の事もわかります。娘さんは無事です。安心してください。

五郎 よかった。娘が無事ならそれで。

魁 お前は大したけがをしないから。元気出せよ。

五郎 おう。任せとけ。

海永 あの、嵐山さん。今何時ですか。

五郎、腕時計を確認する。

五郎 なんだこれ。壊れたのか。

海永 ありがとうございます。

魁 どうしたんだ。

海永 日照時間が存在するのでもしかしたら時間がわかるかと思ったんです。

梨花 今は今。過去でも未来でもない。

五郎 どういうことだ。

魁 この世界に時間は存在しない。

五郎 この世界…?ここは

梨花 過去と未来の間です。今しか存在しない世界です。

海永 それならどうして太陽と月は動いてるんですか。

梨花 私がここに来た時からそうでした。

魁 そもそも地球と宇宙では流れている時間が違う。何光年、何億光年も離れた星の時間と俺たちが認識できる時間ではサイズが違う。過去とか未来とかそういう次元のものじゃないからだ。

五郎 人間が認識できる時間軸とそもそも違うという事か。確かにその通りかもしれない。地球と太陽の距離はどれくらいか知ってるか。

海永 わかりません。遠いということはわかりますが。

五郎 約一億5千万キロはなれている。地球と月でさえ約40万キロもある。

梨花 止まってしまったこの世界でも、宇宙からの影響は防げないってこと。

海永 だから星の動きは止まらない。それじゃ僕たちはいつの太陽と月を見てるんですか。

梨花 遠い世界の、人間には到底理解できない次元のもの。

海永 この世界も宇宙も不思議な場所ですね。

魁 宇宙全体から見ても人間という存在自体がイレギュラーなのかもしれない。特にここまで文明が発達した人類というのは。

海永 それはそうと、嵐山先生と魁さんはどういう関係ですか?

五郎 俺とこいつは高校の同級生だ。魁腐れ縁だよ。まさか同級生が自分の娘の担任になるなんてな。

梨花 お父さん。

五郎 担任…になるのか?

魁 すまん忘れてくれ。

五郎 どうして。

梨花 未来の事を知りすぎると人は絶望するからです。それに、この世界での出来事が元の世界に帰った時、どういう影響を及ぼすかわからないから。

五郎 わかった。

梨花 ありがとうございます。

海永 未来の事が駄目だったら、過去の事を教えてくれませんか。

梨花 忘れてしまった記憶は思い出すしかない。でも失くしたわけじゃないから。

一人の女の子がやってくる。

一愛 私には大切な人がたくさんいました。たくさんです。家族だけじゃなくて、友達も学校の先生もかけがえのないものでした。でも、そんなものは一瞬で失われてしまうんです。守るのは大変難しいこと。当たり前の日常がどれだけ大切かなんて無くして初めて気づくんです。あの時のあの時間、みんなで笑っていた時間がどれだけ特別で恵まれていて幸せでかけがえのないものだったか。私は光を失った瞬間に心の底からそう思ったんです。

梨花 久しぶり、だね一愛ちゃん。

一愛 私の事知ってるんですか。

梨花 うん。

一愛 あなたは誰ですか。

梨花 私は梨花、東郷梨花です。

一愛 すみません、わからないです。

梨花 また出会ってないから。

一愛 どういう事ですか。

魁 君は、今何歳。

一愛 15歳です。

魁 君と梨花は高校の入学式で出会う。五郎とも。

一愛 どうして未来の事がわかるんですか。

梨花 もう何回もやり直してるから。

海永 やり直してる?何を。

梨花 石を何度も積み上げて壊されてを繰り返してるだけです。

海永 それって、賽の河原みたいですね。

一愛 あの、どうすれば帰れますか。

梨花 ここにいればいいのに。

一愛 帰りたいです。

梨花 本当に?

一愛 そうです。家がなくなってしまうんです。私の大切なものがたくさんある。思い出もたくさんある家がなくなってしまうんです。だから早く帰らないと。

梨花 帰っても一愛ちゃんには何もできないよ。

一愛 どうしてそんなこと言うの。

梨花 一愛ちゃんが心配だから。

一愛 お母さんが待ってるの。

梨花 そうだね。お父さんは?一愛お父さんは出張で家にはいない。

梨花 それで助かったんだ。

一愛 助かったってどういう事。お母さんは。

梨花 ここから帰ると一愛ちゃんには悲しいことが待ってる。それでも帰りたい?

一愛 お母さんは助からないの。

梨花 お母さんは……

雨の音

海永 雨が降って来た。

五郎 雨なんて降ってない。そもそもこの世界で雨は降るのか。

魁 海永、何か思い出したのか。

海永 町に雨が降った。僕が住んでいた町に。

魁 それで。

海永 雨はだんだん強くなって、町を飲み込んだ。僕はそれをみて逃げ出した。家族も友達も置いて。

梨花 リグレット。

海永 リグレット?どういう意味ですか?

梨花 気にしないで。この世界でも雨は降るから。

一愛 どうすればいいのかな。

魁 それは君が決めることだ。

梨花 余計なこと言わないで。

魁 この世界に縛っても意味はないだろ。

梨花 ここにいる事がそんなに悪いこと?

魁 帰りたいと思うなら帰るべきだ。

一愛 私は、帰りたいです。

クラクションの音

五郎 クラクションの音が聞こえる。

梨花 どうして娘さんと、車に乗ってたんですか。

五郎 病院に行くために。

魁 奥さんは一緒じゃなかったのか。

五郎 あいつの見舞いに行くためだった。

魁 どうして。

五郎 一度家で倒れて、それからずっと入院してたんだ。この日は容体が変わったって。病院から電話があった。それで娘を連れて急いで車に乗って高速道路を走っていると対向車線から車が飛び出してきた、それを避けようと思って。ハンドルを切った。それでそのまま壁にぶつかって。

車が壁にぶつかる音

海永 でも、娘さんは無事なんですよね。

梨花 娘さんは無事です。でも…

魁 梨花。

五郎 間に合わなかったんだ。

一愛 間に合わなかった?どういうことですか?

梨花 そういう事です。奥さんは一足先に旅立ちました。

五郎 それがここから帰れない理由か。

梨花 私はそうだと思います。奥さんが亡くなってからずっと立ち直れなくて、悲しい思いをして生きていきます。それでも帰りたいですか。

五郎 俺は、俺はどうするべきなんだろうか。一人であいつを育てていけるんだろうか。幸せにできるんだろうか。

梨花 先生の中で時間が止まった。奥さんが亡くなって未来が真っ暗になりました。過去も悲しい思い出になってしまいました。だから過去でも未来でもでもない、今しか存在しないこの世界に来てしまったんです。

海永 ここにいる全員がそうだということですね。何らかの理由で未来と過去に絶望した。だから今しか認識できなくなった。あなたも含めて。

魁 それがこの世界の真実かもしれないな。

海永 だから一愛さんを止めたんですか。

一愛 私は全部無くしてその後、どうなるんですか。

梨花 悲しいことがあるの。できれば私は、私自身にも、あんなに悲しい思いをして欲しくない。一愛ちゃんが帰って、私と出会って、それでお互い悲しい思いをすることになる。それなら帰らないでここにいるほうがいいよ。

一愛 私とあなたはどういう関係になるんですか。

梨花 友達だよ。かけがえのない大切な友達。

一愛 それなのにどうして私たちは悲しい思いをするんですか。教えてください。教えてくれたら私は元の世界に帰って思い出します。それで悲しいことが起こらないようにします。

梨花 この世界の事は忘れてしまう。一愛それでも私を信じて。私にとってもあなたは大切な友達だったんだと思います。私は大切な友達を守る為に思い出すから。だから何があったか教えてください。

梨花 それでも一愛ちゃんは悲しみからは逃れられないよ。もしかすると私と出会わないかも。。出会わないほうがいいのかも。

一愛 そんなこと言わないでください。絶対に梨花さんをを探します。そしてまたきっと友達になります。だからお願いします。

梨花 わかったよ。一愛ちゃんは家も家族も失ってしまう。住んでいた町も住めなくなる。

海永 町に住めなくなる。僕と一緒だ。

梨花 それで一愛ちゃんは私が住んでいる町に引っ越してくるの。お父さんの実家を頼って。そして私たちは同じ高校に入学して。そこで出会う。

五郎 俺が働いている高校だな。

梨花 そういう事になります。私と一愛ちゃんは、友達になるの。でも、楽しい時間は続かなかった。

一愛 どうしてですか。

梨花 一愛ちゃんは、お母さんを助けられなかった悲しみを忘れていなかった。忘れるなんてできないって今なら思うよ。その気持ちを一愛ちゃん自身にも隠していた。そしてある日一愛ちゃんはいなくなった。

一愛 私はどこにいったんですか。

梨花 わからない。前の日まで当たり前のように教室で話してて一緒に帰って遊んで、夜は電話もしていたのに。 また明日ねって何回も言ったのに。一愛ちゃんはいなくなっちゃった。私を一人にしてどこかに行っちゃたんだ。私がもしかしたら一愛ちゃんを苦しめていたのかもしれない。嫌なことを言っていたのかもしれない。もしそうなら謝りたい。とにかくもう一度会いたい。でも、もう二度と会えなかった。こんな悲しい思いをするぐらいなら一愛ちゃんはずっとここにいればいいのに。それでも帰るの?かえってまた私を一人にするの。

一愛 ありがとう、私と一緒にいてくれて。私と出会ってくれて。あなたのせいじゃないよ。梨花のせいじゃないんだよ。私が私でいられなくなっただけだよ。だから自分を責めないで。一人にしてごめんね。今度は絶対に逃げないから。信じて。

一愛、姿を消す。

梨花 行っちゃった。

海永 一愛さんは何処へ。

魁 帰ったんだ。元の世界に。

海永 どうして帰れたんですか。

梨花 彼女が向き合ったからです。

魁 今度はうまくいくといいな。

梨花 そうだね。

五郎 何がうまくいくんだ。

梨花 彼女の人生が、です。

海永 僕の町も彼女も町も住めなくなってしまった。

梨花 同じ町じゃないよ。海永さんと。

海永 もし一愛さんの世界が変わって、二人とも幸せになったら、梨花さんは救われますか。

梨花 私にはまだわかりません。また一愛ちゃんと出会って悲しい思いをするだけかもしれない。何も変わらず今のままかも。

海永 梨花さんも向き合って、元の世界に帰ればわかります。

梨花 私はまだ帰れない。

五郎 滝井は元の世界に帰った。時間の流れを変えるために。俺にはできないのか。

梨花 奥さんを救いたいですか。

五郎 ああ。

梨花 ごめんなさい。

五郎 できないのか。

魁 過去も未来も変えられない。一度決まった時間の流れを人間が変えることはできない。でも分岐を変えることはできる。まだ一愛ちゃんの世界で梨花と出会っていない。その分岐を変えることはできる。でも。

梨花 嵐山先生の世界の奥さんは助かりません。そういう世界に分岐したから。

五郎 そうか。どうしようもないんだな。

海永 分岐する。もしかして奥さんが生きてる世界もあるんですか。

梨花 そういう事です。奥さんと娘さんと仲良く幸せに生きていく世界もあります。

五郎 そうか、そういう世界もあるんだな。あいつが生きていて、家族みんなで笑ってい暮らしている、そんな世界もあるんだな。

海永 今の世界でも娘さんを幸せにしてあげてください。

梨花 あなたの世界、あなたの時間軸はもう決まってしまいました。でも、娘さんがいる。娘さんと幸せな家庭を築いていけるかどうかは先生次第です。一歩進んでください。そして私とも、一愛ちゃんとも出会ってください。私たちは悲しい思いをするかもしれません。でも、先生が助けてくれるかもしれません。私はそんな世界があることを願います。先生が私たちを悲しみから救ってくれるそんな優しい世界を願っています。

五郎 わかった。俺は前を向くよ。前を向いて進んでいくよ。あいつの分も生きていく。ありがとう。忘れてしまうかもしれないが。俺の魂にこのいまの瞬間を刻んでいく。ありがとう梨花。次は俺がお前を助ける番だ。待っていてくれ。

魁 五郎、がんばれよ。

五郎 ああ、お前もがんばれよ。何かと戦ってるんだろ。最後まであきらめるな。

魁 ありがとう。また会おう。

五郎 ああ、また世界のどこかで。

五郎、姿を消す。

海永 帰ったんですね。

梨花 これが自然の形。ここは一瞬で過ぎ去っていく場所だから。

海永 梨花さんの目的はなんですか。梨花みんなを助けたい。

海永 どういうことですか?梨花私の世界で出会ったみんなは、死んでしまう。

海永 その世界を変えるために?

梨花 分岐を変えればそういう世界も作れるかもしれない。最初は何度も試した。でも結果は変わらなかった。

魁 世界の分岐は複雑だ。簡単には変わらない。

梨花 だから私は半分諦めた。諦めて別の事を考えたの。

海永 別の事。梨花約束を果たそうと思ったの。

海永 約束。梨花このギターを持ち主に返す。それが私の約束。

海永 にギターを渡す

海永 どうして僕に。

梨花 海永さんは私に音楽をくれたの。ずっと一人だった私に音楽と出会わせてくれた。このギターを私に貸してくれた。でも、返す前に亡くなったの。でもやっと返すことができた。何か思い出さない。

海永 僕が…君に。音楽を。

梨花 ずっと一人だったの。お母さんがいなくなって、お父さんも帰ってこなくなって。

海永 そうだったんですか。ひどい父親もいるもんですね。

魁 梨花の世界の俺だからな。俺じゃないぞ。

梨花 高校生になってやっと友達ができた。でも、一愛ちゃんもいなくなった。世界にはこんなにも人がいるのに、人は一人になるんだって思った。そんな時、ここで歌を歌っていたら海永さんがいたの。

海永 良い歌ですね。

梨花 歌が好きなんですかって。声をかけてくれたの。

海永 思い出した。僕の世界でも君と出会ってる。この海浜公園にそっくりな場所で。君はあの時歌を歌ってた女の子なんだね。

梨花 そうだよ。ちょうど秋祭りの頃、夜空には満月とカシオペア座が光が輝いてる秋の夜だった。

海永 カシオペア座…ラコニアの鍵。そうか。

魁 どうした。

海永 僕は鍵を使ってこの世界に来たんだ。

梨花 鍵?

海永 ラコニアの鍵。秋の夜空に輝くカシオペア座。僕はここに来ることが目的だったんだ。

梨花 どうしてここに来たの?

海永 絶望なんかしてなかった。ただ僕は最後に君に会いたかったんだ。それだけを願ったんだ。

梨花 そうだったんだ。それじゃ目的は果たされたね。

海永 僕は君の世界の僕じゃないかもしれない。でも、これで君の約束は果たされたんだよね。

梨花 うん、ありがとう。海永また会えるかな。

梨花 きっと会える。また歌を歌うよ。

海永 ありがとうずっと待たせてごめん。梨花一瞬だよ。一瞬しか待ってない。

海永 一瞬は永遠かもしれない。梨花でも、待っててよかった。

海永 梨花さん、最後にリグレットの意味、教えてくれないか。

梨花 後悔って意味だよ。私もずっと後悔してた。

海永 何に?

梨花 皆を助けられなかったこと。

海永 でも、この世界でみんなを助けることができた。君のリグレットはもう終わったんだよ。

梨花 そうかな。そうだといいな。

海永 うん。それじゃここでさようならだね。

海永、姿を消す

梨花 さようなら。

魁 何も言わなくてよかったか。

梨花 うん、これで十分だよ。

魁 またどこかで会えるさ。

梨花 そうだね。どこかできっと。

魁 これからどうするんだ。

梨花 帰るよ。自分の世界に。

魁 そうか、一人で大丈夫か。

梨花 大丈夫だよ。

魁 もうこの世界でやり残したことはないんだな。

梨花 うん、最後の願いはかなったから。

魁 海永君に会えてよかったな。

梨花 お父さんはどうするの。

魁 まだ諦めない。

梨花 お母さんは助けられるの。

魁 必ず助けて見せる。

梨花 私は先に帰っちゃうけどお父さん一人で大丈夫。

魁 ああ大丈夫だ。必ずお母さんを連れて帰る。

梨花 待ってるね。

魁 約束だ、必ず帰る。

梨花 ありがとう、またね。

梨花、姿を消す。

魁 世界の形は変わらない。時間の流れに逆らえない。この世界の役目は終わった。沢山の分岐の先にどんな未来が待ってるかわからない。それでも俺はあきらめない。蕾美を救うまでは。

暗転 ところ変わって海浜公園。波と潮風に包まれる。そこに滝井一愛が存在している。ぼんやりと海を見つめている。そこに海永が現れる。

海永 ここにいたんですね。

一愛 なんだ。海永さんか。

海永 僕で悪かったですね。

一愛 ごめんごめん。それで何か用?

海永 先生が探してましたよ。

一愛 どうしたんだろ。

海永 一愛さんが帰る前に渡したい物があるって。

一愛 渡したい物?なんだろ。

海永 とにかく先生の家へ行きましょう。

一愛 もう少しだけここにいたいな。

海永 時間は大丈夫ですか?

一愛 うん。電車までまだ時間があるから。

海永 久しぶりに帰ってきてどうでした?

一愛 なんだかもう自分の町じゃないみたい。

海永 この何年かで随分町は変わってしまいました。

一愛 人が増えて賑わってるのは良いことだよ。でも少し寂しい気もする。

海永 町が変わっても僕たちは変わりません。

一愛 人の気持ちも変わるよ。時間がすべてを変える。時の流れは残酷で、何もかも変えてしまう。

海永 変わらない想いもあります。

一愛 最近不思議な夢を観るの。

海永 どんな夢ですか?一愛誰かと約束した夢。大切な約束をしたの。

海永 他には覚えていませんか。

一愛 どうしたの。

海永 どんなことでもいいんです。他に何か覚えてないですか?

一愛 なんでそんなに真剣に聞くの?夢だよ。

海永 そうですね。すみません。

一愛 海永さん変だよ。

海永 忘れてください。

一愛 でも、なんだか懐かしい夢だった。あの子は誰だったんだろ。

海永 一愛さん、もしですよ。もし仮に今僕たちがいるこの世界が、本当は現実じゃなくて夢だったらどうしますか。

一愛 今日の海永さんは変だということがわかった。

海永 心理テストか何かと思ってください。どうですか?

一愛 うーん、それは私たちが見ている夢なの?それとも誰かの夢?

海永 誰かの夢だとしたらどうですか。

一愛 難しいテストだね。

海永 深く考えないでください。

一愛 たとえ誰かの夢でも私は今生きてる。だから夢の最後まで生きてみる。

海永 夢の最後まで…

一愛 変な答えだった?

海永 そんなことありません。

一愛 それで今の心理テストで何がわかるの?

海永 一愛さんが前向きな人というのがわかりました。

一愛 なにそれ。

海永 僕ならきっと諦める。夢がいつか覚めてしまう物なら。

一愛 覚めない夢なんてあるの?

海永 夢はいつか終わってしまう。どれだけ願ったって。

一愛 夢を観ている時に、あ、これ夢だってわかる時ない?

海永 あります。不思議な感覚ですよね。

一愛 夢と現実の境目にいる瞬間なのかも。

海永 現実って一体なんなんでしょうね。

一愛 今ここが現実だって断言する方法ないよね。

海永 僕たちがそうだと思い込んでるだけの可能性も。

一愛 不確かだね。何もかも。

海永 確かなものなんて何もないのかもしれません。

一愛 町の形だって変わるし、人も変わる。今こうやって話してる間にも誰かが死んで誰かが生まれてる。でもそれは本当なのかな。

海永 どうしてですか。

一愛 本当はこの世界に私たちだけしかいないのかも。

海永 誰かがそんなこと言っていた気がします。

一愛 それは誰?海永デジャブかもしれません。

一愛 既視感か。

海永 脳は僕らが想像しているより曖昧で気分屋なところがあります。思い出をつなぎ合わせて勝手な記憶を作ります。

一愛 夢は思い出を整理する作業なんだよね。

海永 写真をアルバムごとに分ける感じですかね。

一愛 記憶することが難しくて、忘れるのが簡単かわかった。

海永 どうしてですか。

一愛 写真で考えるとわかりやすい。記憶するってことは、写真にとってそれをアルバムごとに入れること。要するに二段階なのよ。でも、忘れるのは簡単。その写真を捨ててしまえばいいだけ。だから人間は簡単に忘れられる。

海永 確かにわかりやすいです。

一愛 あの夢はいつの記憶をアルバムに入れようとしたのかな。

海永 誰かと約束した夢ですか。

一愛 うん。あの女の子は一体。

海永 何枚かの写真を使って脳が勝手に作ったイメージかもしれません。

一愛 そうかもね。

海永 向こうの生活はどうですか。

一愛 さすがにもう慣れたよ。

海永 仕事の方は順調ですか。

一愛 そうだね。海永それならよかったです。

一愛 海永君は?

海永 僕は、大丈夫ですよ。

一愛 そっか。

海永 もうこの町には帰ってきませんか。

一愛 お父さんもいなくなったし、帰る家もなくなっちゃったから。

海永 そうですよね。

一愛 海永君はずっとこの町にいるの?

海永 わかりません。

一愛 町を出ない?

海永 町を出てどこへ行くんですか。

一愛 どこへだっていける。海永君次第だよ。

海永 ありがとうございます。

一愛 私と一緒に行かない?

海永 どこかへ行くんですか。

一愛 旅をしようと思ってるの。本当に世界は広いのか、それをこの目で確かめたい。

海永 でも仕事は良いんですか?

一愛 仕事に人生をささげるのはもったいないよ。

海永 それはそうですが。

一愛 私と一緒に行こう。世界を見て回ろう。

海永 ありがとうございます。

一愛 …いつだってそれだね。海永何がですか。

一愛 それは優しさじゃないよ。

海永 ……

一愛 嫌なら嫌って言うのも優しさだよ。

海永 嫌じゃないですよ。誘ってもらえてうれしいです。

一愛 でも、来ないんでしょ。

海永 …それはそうですけど。

一愛 それは嫌なのと一緒。

海永 そういうわけでは。

一愛 海永君はこの町に閉じ込められていればいい。

海永 仕方がないんです。

一愛 何が仕方がないの。

海永 この町はまだこれからなんです。

一愛 私よりも町の方が大切なの。

海永 比べるものじゃないですよ。この町にはまだまだ人手がいるんです。僕は一愛さんに帰ってきてほしい。

一愛 ごめん、それはできない。

海永 お父さんが亡くなったからですか。

一愛 違う。私はこの町が嫌いだから。

海永 そうですか。

一愛 私、そろそろ行くね。

海永 先生のとこに行かないと。

一愛 もう電車の時間だから。

海永 わかりました。あとで郵送します。

一愛 ごめんね、ありがとう。

海永 それじゃ駅まで行きましょうか。

一愛 ううん、ここでいいよ。ここでさよならしよ。

海永 そうですか、わかりました。

一愛 さようなら。

海永 さようなら。