記録の隘路、記憶の回路 上演台本

上演時間 約60分

登場人物 男9人 女8人 17人

男女○×▲□#$星青赤白黒灰緑黄紫

舞台はとある町中の喫茶店。緑と黄と紫がやってくる。店内の様子を伺ってる。

緑 そんなに怒らなくていいじゃん。

黄 そうだよ。悪気はなかったんだし。

紫 悪気はあってもなくても悪いことには変わりがない。なんであんなことするんだよ。

緑 好きなら好きって言ったほうがいいと思って。

黄 そうだよ。好きなんだから。

紫 そういう事は自分で言いたいだろ。普通。

緑 自分で言わないから代わりに言ってあげたんだろ。

黄 そうだよ。むしろありがとうだよ。

紫 タイミングってあるじゃん?さっきのタイミングで本当に良かった?

緑 抜群だと思う。

黄 そうだよ。お祭りだし。

紫 お祭りが終わった後に言おうと思ったの。

緑 嘘だな。

黄 そうだよ。それは絶対後付けだよ。

緑 こいつにそんな勇気はない。

黄 そうだよ。

紫 そうだよ。怖くて言えなかったよ。でも、お前が言った結果どう?間接的にふられるって一番ダサいじゃん。

緑 消費税だな。

紫 は?

黄 そうだよ。間接税だよ。

緑 直接的にしても間接的にしても報われないものを想い続けている時間は無駄だと思わない?結果オーライ。

紫 全然オーライじゃない。振られて傷付くの俺なんだよ。

緑 どうして?

紫 お前たちには関係ないだろ。

黄 傷付いたほうがいいことだってあるんだよ。

緑 そうだな。その方が人に優しくなれる。

紫 俺が誰かに優しくなる前に、俺に優しくしろよ。

緑 甘やかすことが優しさじゃないだろ。

黄 そうだよ。時には厳しくすることも優しさなんだよ。

紫 ちょっと納得した自分に腹が立つ。

緑 それよりこれからどうする?

黄 そうだね。

紫 街に戻る?

緑 祭りはもう終わってるのに?

紫 そうだけど、ここにいても仕方がないだろ。

黄 どうしてここに来たの?

紫 最後に見たかったんだ。

緑 確かに最後だもんな。

黄 取り壊しが決定したもんね。

緑 学生の時よくここに来たよな。

黄 コーヒー一杯で何時間もいたよね。

紫 漫画も沢山置いてたし。

緑 野球漫画ばっかりだったけど。

紫 なんでか知ってる?

黄 なんでなの?

紫 娘さんが好きだったんだって。

緑 あーあの写真の。

紫 そうそう。若くで亡くなったんだって。

黄 そうだったんだ。

緑 漫画だけじゃなくて小説も何冊か置いてたけどな。

紫 結構前に話題になったやつだよな。

黄 映画にもなったね。

緑 あれを書いたのが娘さんの同級生で、よくこの店に来て小説書いてたんだって。

紫 もしかしてあの主人公の恋人のモデルって…。

緑 そうかもしれないね。

黄 もう写真置いてないんだね。

紫 明日から取り壊されるから。

緑 最後に来れてよかったね。

黄 そうだね。

紫 そろそろ帰ろうか。

緑 そうだね。明日から新しい恋に向かって頑張ろう。

紫 余計なお世話だよ。

黄 大丈夫だよ。この地球に女は何人いるか知ってる?

緑 37億

紫 …帰るわ。

緑 俺も。

黄 私も。

緑と黄と紫、店を出ていく。

星と赤が店内にやってくる。

男 これは今から10年前の話。僕がまだ14歳だった頃の出来事。あの頃の僕は、ただ生きているだけだった。やりたいことも見つからず、ただ毎日を惰性で過ごしていた。その時の僕は人生なんて緩やかで長い坂道をペダルも踏まず自転車で下っていくようなものとしか思えなかった。ただやるべきことをやっていく。そして気が付いたら坂道は終わっている。人の一生なんてそんなもんだろうと高を括っていた。でも……

女が店に入ってくる。男が見える席に座っている。

男 坂道は真っすぐじゃなかった。緩やかなのに変わりはなかったけれど。14歳の夏のある日、坂道のカーブを曲がり切れず転倒した。

女 まだ書いてるんだ。

男 僕はこれしかできないから。

女 そんなことないと思うよ。

男 君はどうしてここに?

女 だって、ここ私の家だから。

男 喫茶店に住んでるってなんだかお洒落だよね。

女 浅倉南みたいでしょ。

男 え、なんでそこでタッチが出てくるの?

女 知らないの?南の家は喫茶店なんだよ。

男 それは知ってるけど、君がどうしてタッチを知ってるの?

女 私が子供の時、お父さんがずっと読み聞かせしてくれたの。

男 え!タッチを!?絵本とかじゃなくて?

女 最初はドカベンだったんだけど…明訓高校が甲子園で負けて土井垣さんが監督をやめたあたりで飽きちゃって。

男 ……素敵なお父さんだね。

女 お陰様で女の子の友達と全然話が合わなかったけどね。皆がアイドルの誰誰が好き!とか盛り上がってるときに、「男岩鬼!」とか「勝也と達也より新垣が好き」とか言ってたら友達誰もいなくなっちゃった。

男 だから男の子とよく遊んでたんだね。

女 小学校の時はそれでよかったんだけどね。中学生になると周りの目を気にし始めて、自分が周りと違う事が恐怖になるの。私も慌てて最近流行ってるものとか、アイドルの事とか勉強したよ。

男 でもそれって自分らしさを捨ててる気がしない?

女 そんなこと考えなかったよ。周りから浮かないことだけ考えてたから。目立つのって怖いじゃん。

男 僕は何をしても目立たなかったから。怖いなんて考えたこともなかった。

女 でも、密かに小説を書いてたのは知ってるよ。

男 え、嘘だ。誰にも言ってなかったのに。

女 授業中、よく書いてたでしょ?

男 国語の時間には確かに書いてた。

女 君の右斜め後ろの席だったから見えてたの。

男 どんな話だったかわかった?

女 ううん、内容まではわからなかった。でも、タイトルだけは覚えてるよ。「夏が帰ってきても君は帰らない。」だよね?

男 10年前の事なのによく覚えてるね。

女 凄く良いタイトルだったから。それで、どんな話なの?

男 それはね……

×が入ってくる。

 それにしても手がかりが少なすぎる。

× もう事件発生から一週間が経ちました。見つかったとしてももう…

 まだそうと決まったわけじゃないだろ。俺たちが諦めたら、家族の方はどうなる?

× それは…そうですけど。

 今みたいな事、絶対ご両親の前で言うんじゃないぞ。

× すみませんでした。

 警察が諦めた今、俺たちだけが希望なんだ。

× 警察の連中、手を引くのが早すぎなんですよ。

 それを言っても仕方がないだろ。とにかく今は情報を集めることが先だ。

× この後、行方不明になった女性のご両親と会う約束をしています。

 いなくなった時の様子をもう一度聞くぞ。何か思い出すことがあるかもしれない。

× わかりました。他に何か聞かないといけないことはありますか?

 …親子関係も聞かないとな。

× それは…もしかしてご両親を疑ってるという事ですか?

 そういうわけじゃない。あくまで確認だ。

× …確かに、行方不明になったと思ったら実は親が犯人だったみたいなことはありますけど。

 疑ってるわけじゃない。でも、俺たちの仕事は彼女を見つけ出すこと。そのためにあらゆる可能性を考える必要がある。そうだろ?

× わかってますよ。

 約束は何時からなんだ?

×、時間を確認する。

× あと5分ぐらいで約束の時間です。

 俺は車に荷物を取ってくる。もしご両親がいらしたら連絡してくれ。

× わかりました。

、店を出ていく。×、トイレに行く。黒と白がやってくる。

男 ある女の子が旅行中に行方不明になる話なんだ。

女 女の子って何歳ぐらいの?

男 14歳の女の子。

女 そっか、14歳って女の子なんだね。

男 ん?

女 自分が14歳の時って、もう十分大人だと思ってた。

男 その気持ちは何となくわかる気がする。でも、この歳になってみると、14歳の中学生はやっぱり女の子だよ。

女 大人になっちゃったんだね。

男 生きていれば自然とそうなっていくんだよ。

女 大人って、なるんじゃなくってなってしまうもんなんだね。

男 確かにそうかもしれない。大人になる、というようりも子供でなくなってしまうという表現の方が正しい気もする。

女 受動的だね。

男 能動的に大人になろうとする時期が反抗期なんじゃないかな?

女 あ、それ凄い腑に落ちた。流石小説家。

男 小説家の卵、だよ。

女 新人賞、取ったんでしょ?

男 取ったよ。あの作品で。

女 夏が帰ってきても君は帰らないで?

男 そうだよ。

女 凄い!はやく話の続きを教えて。

男 来月出版されるからそれを買って読んでよ。

女 出版されるならもう小説家だよ。でも、来月まで待てないから続きを話して。

男 仕方がないなぁ。

黒 僕は小説を書いていたんです。ずっと一人で。友達はいなかった。本が僕の友達だった。色んな世界の色んな人たちと沢山冒険した。でもそんな僕に友達が出来たんです。

白 夏の風。季節が変わる。でもそれだけ時間が進んでいる。まだ私はここにいるから、まだ可能性がある。その小さな希望に縋りつく。この部屋はどうしてこんなに白いのだろうか。

黒 母親のお見舞いに行った病院の売店に彼女

はいたんです。同じ学校だから顔は見たことがあった。その彼女が手に持っていた小説に僕は驚いて、思わず声を掛けてしまった。

白 急に売店で知らない男の子に声を掛けられた。いや、同じクラスの人だから知らないわけじゃないけれど話したことのない人だった。

黒 自分でもどうしてそんなことをしたのかは

わからない。でも、声を掛けてしまった以上黙って立ち去るわけにはいかなかった。だから必死で言葉を探した。好きです。

白 え?

黒 好きなんです。

白 えええ!!???

黒 彼女が盛大に勘違いしている。いや、僕の伝え方がまずかった。好きです。その本がって言いたかっただけなのに。

白 突然の告白。人生初。しかも病院の売店で?戸惑う。とりあえず恥ずかしかったので彼を連れて病室に連れていく。事情聴取。

黒 彼女の病室に連れていかれた。なんだか難しい言葉が沢山並んでいる。彼女が泣きそうな顔をしている。

白 事情聴取終了。彼が好きなのは私ではなくて私が持っていた本だった。安心した半面、勝手に恥ずかしくなった自分が恥ずかしい。

黒 ようやくお互い落ち着いて彼女が持っていた本の話をする。不思議な感覚。誰かとこんな風に話すのはいつぶりだろうか。

黒 僕は毎日彼女の病室に通った。こんなに楽しい夏休みはいつぶりだろう。

白 彼は毎日遊びに来てくれる。正直その時間が楽しくて仕方がない。今日はどんな本を持ってきてくれるんだろうか。

黒 きっと僕は彼女の事が好きなんだ。

白 もしかして私は彼の事が好きなのかもしれない。

黒 退院できたらその時この気持ちを伝えよう。

白 この病気が治ったら彼のその気持ちを伝えよう。

黒 病院に行く。

白 駄目だった。

黒 彼女がいない。

白 治らなかった。

黒 病室が変わっている。

白 あとどれだけ私は生きられるの。

黒 受付で彼女の名前を伝えて、病室を教えてもらう。

白 彼にどんな顔で会えばいいのだろうか。

黒 久しぶりに会った彼女は泣いていた。

白 ごめん。

黒 なんで?

白 もう来なくていいよ。

黒 なんで?

白 私、もう助からないから。

黒 彼女の病気を知った時、僕は何もできない自分に腹が立った。何も言えない自分が悲しかった。会いに行ってもお互い辛いだけ。だからもう忘れるのが一番?

白 彼が来なくなって安心した半面とても今寂しい。自分が死ぬのは怖くない。でも、これ以上仲良くなって、お互いが本当に大切な存在になった時、残されて辛い思いをするのは彼だから。でも、最後の最後で彼が来てくれた。私はもう声も出せないぐらいに弱っていたけど。彼が握ってくれた手は暖かかった。短かったけど幸せな夏だった。ありがとう。

黒 どうしても彼女に会いたかった。結末がどんなに悲しくても。病室に向かう。そこには弱り切った彼女がいた。僕に気づいて笑ってくれた。僕は彼女の手を握りしめて好きだと伝えた。彼女は泣いていた。僕も泣いていた。それが彼女と会った最後だった。また風が吹く。気が付けば夏は終わりを迎えていた。秋の風が吹き、冬の風が吹く。そして春の風を迎えてまた夏がやってくる。でも、夏が来ても君がいない。

白・黒  夏が帰ってきても彼女は帰らない。

白と黒、店を出る。

と□がやってくる。

 君とこうやってゆっくり話すのも久しぶりだね。

 そうね。何年振りかな。

 卒業以来だから、6年ぶりじゃないかな。

 高校卒業して、もうそんなに時間が経ったんだ。小学生が中学生になるぐらいの時間だね。

 元気だった?

 元気元気。仕事にも慣れてきたし。

 驚いたよ。あんなに数字が苦手だった君が、銀行員になるなんて。

 師匠が口きいてくれたの。

 なんだっけ、流鏑馬…?

 弓道だよ。

 馬が余計だったか。

 そういう問題?

 インターハイ優勝だもんね。

 それ覚えてるのになんで流鏑馬と間違うわけ?

 僕なりの冗談のつもりだったんだけど、面白くなかった?

 あんたも相変わらずね。世間とずれたセンスしてる。

 おかしいなぁ。

 余計な世間話は良いから、本題に入って。

 せっかちなのも変わってないね。

 明日も仕事なのに、こんな時間に呼び出されたら誰だってそうなるよ。

 それは申し訳ないと思ってる。実は、来週から海外に行くことになったんだ。

 仕事で?

 そうだよ。で、その前に君にどうしても聞きたいことがあるんだ。

 メールでも、電話でもなくて、直接聞きたいってことは…え?何?告白?

 はっ?

 年収は魅力的だけど性格には難あるし…そもそも海外で弓道続けるのは難しいし…。あ、そうか、単身赴任してもらえばいいんだ。

 ちょっと待って…

 やっと私の魅力に気が付いたってわけね。三十路手前で結婚、しかも大企業のエリート。勝った!明美と雅子に勝った。ざまーみろ!

 違う違う!そうじゃない!

 鈴木雅之?

 ほんと変わらないな君は。学生の時と同じだ。君と話してると漫才にしかならない。

 一緒にM1で優勝しようって卒業文集に書いたもんね。

 書いてない書いてない。ちょっと落ち着いてくれないか。

 ごめんごめん。なんだか懐かしくて。それで話って何?

 今から10年前、僕たちがまだ14歳だった頃の事を覚えているかい?

 今日の夜ごはん、何を食べたかも覚えてないのに、そんな昔の事覚えてると思う?

 真面目に答えてくれないかな。

 …嘘、ごめん。覚えてるよ。あの子がいなくなった事件の事でしょ。

 そうだ。彼女が見つかったのは1か月後だった。

 あの歳で死んじゃうって、どんな気持ちなんだろ。

 僕は、今まで身近になかった死の匂いを感じたよ。

 死の匂い?

 自分の人生の中に死ぬなんて言う概念がなかった。でも、彼女が亡くなって、葬式に行ったとき、急に怖くなったんだ。自分もいつか死ぬんだって。

 きっと他のみんなもそうだったんだと思う。

 だからみんな泣いていた。彼女の事を思って泣いたんじゃなくて、身近に死があるとい恐怖に怯えていた。僕はそんな風に思っていた。でも、君は一人だけ泣いていなかった。

 そうだったかな。

 それはどうして?どうして君は泣かなかった?

 まるで泣かないのがおかしいみたいな言い草ね。

 君は体育祭が終わると泣いていた。文化祭が終わると泣いていた。感情豊ですぐ涙を流す君が、あの場面で冷たい目をしていた理由が知りたいんだ。

 私は好きだったんだ。あいつの事が。

 あいつって?

 ほら、あの子と仲良かったあいつ。

 どうして?全然タイプが違うのに。

 そんなのわかってるよ。でも、あいつ真剣だったから。真剣に生きてる姿が、なんだかすごくかっこよく思えたの。でも、私、なんか皆に勘違いされててさ、サッカー部とか野球部の人と付き合わないとおかしいみたいな雰囲気だったでしょ?

 明るくてクラスの中心にいつも君はいたから。周りがそう思うのも頷ける。

 それは周りが勝手に私に抱いたイメージなの。でも、私は皆のイメージ通りに生きるのが正解だと思ってた。がっかりされたくないっていう思いもあったし。だから、自分が思ってる自分じゃなくて、みんなが期待してる自分になってたの。でも、あいつは違った。

 周りにどう思われようと、自分の道を突き進んでたね。人付き合いも悪くて、クラスでも浮いていたけど。

 私にはそれがかっこよく思えた。だから少しでもいいから近づこうと思ってたんだけど、あの女がいたからそれも出来なかった。

 だから泣かなかった?

 うん、嫌な女だよね私。

 その後あいつに積極的にアプローチをかけてたら君は嫌な女だよ。でも、君は何もしなかった。

 何も出来なかったの。

 それはどうして?

 あいつが書いてる小説を読んだの。「夏が帰ってきても彼女は帰らない」っていうタイトルだった。あれって、あの女の事を書いた小説だったの。それを読んだ時、叶わないなって。生きてる人には勝つチャンスがあるかもしれないけど、死んだ人間には絶対に勝てない。そう思ったから私諦めたの。

 君はやっぱり素敵な女性だよ。

 本当にそう思ってる?

 うん。

 どうして私が泣かなかった理由を聞きたかったの?

 僕はずっと君が好きだったから。きっと君があいつの事を好きになる前から。

 また冗談言うの?

 冗談じゃない。あの時泣かなかった君の気持ちが知りたかった。やっぱり僕たちは友達以上の関係にはなれなかったね。今も昔も。

 ちょっと本気で言ってるの?

 こうやって冗談を言い続けられる関係だったら本当によかった。

 …冗談じゃない?

 最後に君に会えてよかったよ。忙しいのに時間を取ってくれてありがとう。

、席を立って出ていこうとする。

 最後ってどういう事?

 もう僕は君に会えない。

 なんでそんな寂しいこと言うの?

 すれ違ったまま一緒にいるほうが寂しいよ。

 いつ帰ってくるの?

 えっ?

 日本にいつ帰ってくるの?

 わからない。

 忙しくても連絡してよね。

 うん。

 私、待ってるから。会うのがこれで最後なんて冗談だよね?

 ありがとう。

 やっぱり一緒に行く。

 でも、仕事も弓道もあるのに?

 それはまた帰ってきてからでもいいから。このまま君一人で行っちゃったら本当に最後になりそうだから。

 そんなことないよ。心配し過ぎ。

 せっかくだし結婚しない?

 本気で言ってる?

 私の事素敵だななんて言ってくれるの君しかいないから…

 僕よりももっといい人がいるよ。

 どうしてそんなこと…

 勢い任せで決めるような簡単なことじゃないさ。

 違うの、ようやく自分の気持ちに気が付いただけだから。勢いとかじゃなくて…

 ありがとう。元気でね。

、店を出ていく。□、呆然としている。青と灰色が入ってくる。

灰 悲鳴に混じった鳴き声が木霊する。それを聞くたびに「お前本当に悲しんでるのか?」って言いたくなる。悲しみの尺度は人それぞれだけど、少なくとも彼女の家族より悲しんでいる人間がいるわけがない。涙を流して泣いてる奴なんて、自分に酔ってないてるだけなんだ。僕もきっとそうなんだ。

青 同級生が死んだ。それは僕にとっては結構な衝撃だった。死んだ女の子と特に関わりがあったわけでもない。でも、悲しんでる自分はなんなのだろう。涙が出てくる。なのにどうして君は泣かない。

灰 彼女が悩んでいることはわかっていた。

青 どうしてあいつの事を見ている。

灰 話してくれたら助けられたかもしれないのに。

青 嘘だろ。

灰 嘘だ。子供に誰かが救えるわけがない。

青 あいつが好きなのか。

灰 何が出来た。

青 僕は君の事が好きなのに。

灰 小説を書いたって誰も救えない。

青 僕の気持ちはもう言えない。

灰 誰も救えないものに意味はない。

青 いつか気づいてくれるんだろうか。

灰 彼女との思い出を書いたこの小説を読んでもらった。彼は面白いと言ってくれた。

青 どうしてもあいつの事が知りたくなって話しかける。そしたら思ったよりいい奴だった。それに今回の事件で一番傷付いているのはあいつかもしれない。小説を読ませてもらった。面白かったし悲しかった。

灰 これ良かったらあげるよ。

青 貰えるわけがなかった。

灰 これがあると僕は進めない気かする。

青 大切な思い出じゃないか。

灰 君にもらってほしい。

青 仕方がなく預かることにした。

灰 ありがとう。

青 新作楽しみにしてる。

灰 もう小説は書かない。

青 どうして?

灰 彼女がいないから書く理由がないんだ。

青 そういって彼は本当に書くのをやめてしまった。気づいた時には遠くの町に引っ越していた。これで彼女は諦めてくれるかも知れない。そんなことを考えてしまった自分に嫌気がさす。最低だ。

青 これは君の物語。

灰 これは君の物語。

青 小説の中の小説。

灰 フィクションの中のフィクション。

青 どこまでが現実。

灰 どこまでが幻想。

青 記憶は曖昧で

灰 記録は不正確。

青・灰 記録の隘路、記憶の回路。

青と灰、店から出る。

女 その女の子はどうしていなくなったの?

男 最後の家族旅行だったんだ。お父さんとお母さんの仲が悪くてね。離婚することになっていた。女の子はそれがどうしようもなく嫌だった。

女 その子はお父さんの事もお母さんの事も大好きだったんだね。

男 その女の子は考えた。どうすれば離婚しなくて済むだろうか。

女 それで思いついたんだね。自分が姿を消すという事を。

男 自分が行方不明になれば、両親はきっと必死に自分を探すに違いない。そうすれば、二人の溝は埋まる。離婚の話もなくなるだろうって。

女 女の子の思惑通り、両親は必死に彼女を探した。二人の距離を遠ざけていた溝も自然と埋まっていった。

男 あとは自分が二人のもとに帰ればいい。それですべて解決する。そう思っていた。

女 …

男 でも、彼女は戻ってこなかった。

星 夏と聞いて何を想像するだろうか。僕が想像できたのは厳しい日差しと海だけだった。夏は好き?彼女が僕にそう問いかける。今年の夏は僕が想像していた夏とは違っていた。波打ち際、君がオレンジ色に染まっていくのを僕は黙ってみていた。なんて声を掛けたらいいかわからなかったんだ。君に伝えたい言葉は沢山あった。話したいことも沢山あった。でも、どの言葉も口にしてしまえば儚く消えてしまいそうだった。だから僕はただ一言君に綺麗だねって、そういったんだ。

赤 スカーレット、あれはオレンジじゃなくてスカーレットだった。太陽が沈む直前、世界は緋色に染まる。彼は私の事を見ている。何を考えてるのだろうか。何を思ってるのだろうか。言葉にしない気持ちが伝わることは永遠にないと思った。

赤 夜の色は何色なんだろう。そんなことをふと思った。彼に聞いてみればわかるのだろうか。そもそも彼はどうして私と一緒にいてくれるのだろうか。夏休みは有限なのに。

星 波の音が少しずつ遠ざかっていく。代わりに近づいてくるのは町の喧騒。僕たちは一日だけの自由を手に入れた。でも、その時間の終わりが近づいている。夜空には夏の大三角が煌めいている。それを観ると星の煌めきだって永遠じゃないことを知る。

赤 町の喧騒が大きくなる。この白い建物はどうしてこんなにも白いんだろう。もっといろんな色に染まってもいいのに。

星 案の定沢山の人に怒られる。

赤 私のせいなのに。

星 もう会えない?

赤 会わないほうがいいのかも。

星 これでおしまいなの?

赤 今だったら悲しまずに忘れられるかもしれない。

星 夏の終わりは確実に近づいている。

赤 太陽が遠くに行ってしまう。

星 日照時間が日に日に短くなっていく。

赤 季節がうつろいで行く。この部屋からは海が見えない。でも夜になれば少し波の音が聞こえる。その小さな音に想いを馳せる。

星 僕が彼女に出来ることは何なのだろうか。そればっかりを考える。

赤 私が彼に出来ることは、私の事を忘れてもらう事だろう。先に行くものが残されたものに何かを託す。それは十字架を背負わすことと同じだから。

星 もう会いに行くべきじゃない。そんなことはわかっている。でも、わかっていても彼女がいる場所に足が向いてしまう。今夜も灯りが付いている彼女の部屋を外から眺める。今何を思っているのだろうか。どんな気持ちであそこにいるのだろうか。

星 彼女の病気を知った時、僕は自分の無力さに喘いだ。どうすることもできない。人の寿命は神様が決める。僕がどれだけ彼女の事を思っても何もできなかった。

赤 私はもうじき死んでしまう。これは仕方がないこと。私はどんな悪いことをしてしまったのか。どんな罪を償うために、この若さで死んでしまうのか。神様なんていないことを痛感した。無慈悲で理不尽なのがこの世界の答えだった。でも最後に彼と出会えたことだけは感謝してる。でも彼には申し訳ないと思ってる。知り合ったばかりの女の子が知り合ってすぐに死ぬって、交通事故にあうぐらい唐突な出来事だから。

星 病院に行ったときはもう彼女はいなかった。一緒に病院を抜け出して海に行ったときに彼女が来ていたワンピースだけがベッドの上にあった。そして季節は移ろいで行き、また夏がやってきた。でも、その夏は僕一人だった。

星・赤 夏が帰ってきても君は帰らない。

星、赤、店を出ていく。

女 女の子はどうして戻ってこなかったの?

男 森で迷ったんだ。

女 迷子のふりをしてたら本当に迷子になったの?

男 そういう事。森で迷った彼女は自分がどこから来たのか、そもそも自分が一体何者だったのか、それすらわからなくなったんだ。

女 不思議な森だね。

男 自分の存在がわからなくなった彼女は森で暮らすことを決めたんだ。

女 独りぼっちで?

男 森には同じような仲間が沢山いたんだ。だから彼女は一人ぼっちじゃなかった。

女 皆で何をしてるの?

男 楽器を演奏してるんだ。

女 森で?なんだか素敵ね。

男 森に行けば様々な音で溢れている。聞いたことない?

女 虫の鳴き声や、木々の揺らめき、風が舞う音。そういう音の事?

男 それは彼女たちの演奏なんだ。

女 知らなかった。私たちの演奏がそんな風に聞こえてるなんて。

男 その森に僕は何度も通った。

女 どうして?

#と$カウンターで話している。

# 結婚するんだって?

$ うん。

# よくそんな気になれたね。

$ 何それ。

# 先輩、結婚しないと思ってた。

$ どうして?

# そういう事、どうでもいいのかなって。

$ してみないとわからないじゃない。

# そんな興味本位でいいの?相手に失礼だよ。

$ こういう人間だってわかってて結婚するんじゃない?相手の想定から外れたら離婚されて終わるだけじゃない。

# どんな奴なの?

$ 普通の人。

# 年上?

$ 年下。

# 絶対うまくいかないでしょ。

$ うまく行ったら百万円くれる?

# どうして?

$ 絶対っていうぐらいだから、それぐらい自信あるのかなって。

# …うまくいったら百万円、いいよ。

$ 冗談だよ。

# 僕は本気だから百万円払うよ。その代わり、うまくいかなかったときは僕の言う事聞いて。

$ うまくいかなかったら私もお金払えばいいの?

# うまくいかなかったら僕と結婚して。

$ 何それ。本気で言ってる?

# 僕も本気だよ。こんな約束したら、嫌でも離婚しないだろ。

$ …そうね。

# うちの両親離婚してさ、僕は結構寂しかったんだ。親戚の家、たらいまわしにされてさ。ずっと独りだった。

$ そうだったんだ。あれ、お姉さんいなかったっけ?

# 姉さんは、死んだんだよ。

$ いつ?

# もう10年も前の話。

$ 知らなかった。

# 人が死ぬなんて他人からしたら日常と変わらないから。

$ 私の事好きだったの?

# 今でも。

$ そっか。

# それも知らなかった?

$ うん。

# 言わなかったから。

$ ずっと一緒にいたのに。

# そういう関係になることが怖かった。

$ 変わらないものが好きだったから。

# 先輩は男が嫌いって言ってたでしょ。

$ あなただって女性は信用できないって。

# でも、僕は男で先輩はやっぱり女性だった。

$ 目をそらしてただけだったんだね。

# 先輩が幸せになることを僕は本気で願ってる。でも、もしまた一人になったら今度は一緒に。

$ 今からじゃだめ?

# えっ?

$ 私やっぱり結婚やめる。

# どうして?

$ だって、今気づいたから。

# 何に?

$ 自分の大切なものに。

# 違うよ。

$ 何が違うの?

# 結婚前で不安になってるだけだよ。

$ そうじゃなくて。

# ごめんね。こんなタイミングで。

$ まだ間に合うの。

# ただ最後に君に自分の気持ちを言いたくなっただけなんだ。ごめん。

$ 違うってば。マリッジブルーとかじゃなくて。え、最後?最後ってどういう事?

# 最後は最後だよ。最初があったら最後があるでしょ。

$ 国語的な意味を知りたいんじゃなくて。なんで最後なの?

# 先輩と会えるのは今日で最後。そう決めてたんだ。

$ ちょっと、離婚したら私と結婚するって。

# 先輩は離婚しない。いい奥さんになっていいお母さんになる。

$ そんなの勝手に決めないでよ。

# ずっと一緒にいた僕だからわかる。だから大丈夫。結婚を怖がらないで。幸せに怯えないで。

$ 勝手に話を進めないで。私は結婚をやめるの。そしてあなたと結婚するの。まだ婚姻届けも出してないし、間に合うの。今なら辞められるの。だから、最後なんて言わないで。

# 頑張ってね。本当にありがとう。

$トイレにはける▲がやってくる。

 久しぶり。

# 元気だった?

 病気だった。

# え、お前も?

 冗談だよ。

# やめろよお前、微妙に笑えないから。

 ごめんごめん。それでお前こそどうなの?

# うーん、なんとも言えないなぁ。

 そっか。まぁお前なら何とかなるんじゃない?

# 根拠も何もない適当な言い草だな。

 なんか行ける気がするんだよ。

# なんじゃそりゃ。

 今日何の日か覚えてるか?

# 覚えてるよ。姉さんの命日だろ。

 お、流石じゃん。

# もう10年だよ。早いのか遅いのかわかんないな。

 生きてたらどうなってただろうな。

# そりゃ姉ちゃん美人だったからすげぇいい女になってただろうな。

 シスコンかお前は。

# 違うわ!

 まぁ、お前の気持ちもなんとなくわかるけどな。

# 適当なこと言うな。

 適当じゃないって。

# そんでわざわざ姉ちゃんの命日に呼び出しといて何の用?

 聞いたぞお前。先輩に告白したらしいじゃん。結婚前の女性狙うとかお前悪い奴だな。

# あの人がまさか結婚すると思わなかったんだよ。だから油断してたっていうか。いろんなことのタイムリミットが近づいてきて、てんぱっちゃって。

 先輩、お前の事好きだったからもっと早く言えばよかったのに。

# いやなんかそんな雰囲気の人じゃなかったじゃん。恋愛とかどうでもよさそうだったし、仕事一筋だったじゃん。大学の時からずっと勉強一筋だったし。

 まぁ、現にバリバリのキャリアウーマンだし、付き合うとかでも年下はないだろうなって言う感じはわかるよ。

# ほんとそうなんだよ。いや、まじで人の気持ちとかわかんないわ。難しすぎる。ゲームみたいに相手の好感度が見えたらいいのにな。

 もしそうだったら、みんな幸せになれそうだよな。

# 先輩は絶対幸せになると思う。

 お前本当に好きなのな。

# 本当に好きだったよ。最後にそれだけでも伝えられたから後悔はないさ。

 そっか。それにしてもお前も本当に報われないよな。不器用だからか?

# 不器用なの関係ないだろ。

 姉ちゃんの事もそうだし、先輩との事もそうだし、自分自身のことだって。

# やめろやめろ!俺がかわいそうなやつみたいじゃん。

 いや、そんな風には思ってない。

# まじかよ!少しは思ってくれよ。

 お前は幸せだったのか?

# 急になんだよ。

 どうなんだ?

# 幸せだったよ。そりゃ姉ちゃんが生きてて両親が離婚しなくて、先輩とも結婚できてたら最高だったと思うよ。でも、それでも総合的に見て俺の人生は幸せだった。友達も沢山いたし、青春したし。

 まだまだやりたいことあったんじゃないのか?

# そりゃ沢山あったよ。でも、何歳で死んだって、死ぬ前はそう思うんじゃないかな。

 そっか。なんか俺に出来ることないか?

# 俺みたいになったら駄目だぞ。

 なんだそれ。

# 好きな女の前でかっこつけすぎてると手遅れになるぞ。

 いや、好きな女なんかいないし。

# 嘘つけ。

 嘘じゃないし。

# 油断してると結婚されるし、安心してると急にいなくなるんだぞ。姉ちゃんの事好きだったあいつもそうだった。

 俺が好きな人はさ、お前の姉ちゃんの事を好きだったやつが好きだったんだよ。

# え、そうなの。滅茶苦茶複雑じゃん。

 それに気が付いた時、なんか滅茶苦茶悔しくて、自分から行けなくなったんだ。

# それで何年も待ってるのか。

 この間、6年ぶりに会ってきた。

# お!進展する感じ?

 もう二度と会わないって言ってきた。

# バカ野郎!なんでそんなこと。

 悔しかった。俺はずっと待ってたのに。

# 小さなお前。

 お前よりはでかいわ。

# 小さいわ。

 だから俺は仕事もやめて、全部捨てて一から勝負する。

# 何で?

 小説家になる。

# まじかよ!

 だからお前と会うのもこれで最後になるかもしれない。

# いいよ。お前はお前で自分の人生を生きてくれ。

 ありがとう。

# また生まれ変わっても友達になれることを祈ってるよ。

、店を出る。

、やってくる。×、トイレから出てくる。

× お疲れさまでした。

 まさかあんなところにいるとはな。

× 驚きましたね。でも無事見つかって。

 無事か。そうだな。

× 辛いですね。

 見つかっただけまだよかったさ。

× でも、やるせないですよ。

 いくら何でも若すぎる。

× まだまだやりたいこと沢山あったでしょうね。

 あの子、大丈夫か?

× 誰ですか?

 ほら、俺たちと一緒に探してくれてた男の子いただろ。

× ああ、いましたね。

 よっぽど彼女の事が大切だったんだな。

× ずっと一人で探していたって言ってましたね。

 結局彼のおかげで見つけられたようなもんだからな。

× 心配ですね。

 一応、病院には通ってるらしい。

× そうですか。

 乗り越えて欲しいな。

× そうですね。あ、あともう一人心配な子がいるんです。

 誰だ?

× 告別式で一人だけ泣いていない女の子がいました。

 あの子か。

× どうして泣かなかったんですかね。

 泣かなかったのか泣けなかったのか。

× ショックだったのには変わりないと思います。

 あの歳で自分の友達が亡くなるというのは悲しいだけじゃなくて恐怖を感じるんだと思う。

× 恐怖ですか?

 中学生の時、自分が死ぬことを考えたことがあったか?

× なかったと思います。

 大人になるにつれて自然と死という物を知っていく。例えばおばあちゃんやおじいちゃんが亡くなったりして。

× 歳が離れている人が亡くなるのは自然の摂理だから理解もできる。

 自分の友達が亡くなることはきっと理解できなくて、ただただショック何だと思う。

× 心配ですね。

 そうだな。

× これからどうしますか?

 これでやめようと思う。

× 何をですか?

 この仕事を。

× 本気で言ってるんですか?

 ああ。

× 私はどうすればいいんですか?

 すまん。

× すまんじゃなくて。

 他の探偵事務所を紹介するから大丈夫だ。

× そうじゃなくて。どうして辞めるんですか?

 虚しくなってな。

× 虚しい?

 この仕事は誰を救えるんだろうか?

× 仕事を依頼してくれた人を救えるんじゃないんですか?

 果たしてそうだろうか?

× 今回の件だってあの子のご両親と友達を救う事が出来たじゃないですか。

 見つけなかったほうがよかったんじゃないか?

× どうしてですか?

 見つけてしまったら希望がなくなる。生きてるかもしれないっていう可能性が0になってしまう。

× それはそうかもしれませんが。

 人は希望がないと生きていけないのかもしれない。彼女が亡くなったショックでご両親が自殺することを選んだら?離婚したら?それは希望がなくなったからだ。そしてそれは俺たちのせいなんだ。

× 間違ったことしてないじゃないですか。仕事は彼女を見つける事。その後の事は私たちの管轄外です。

 君はそうやって割り切れるから。

× あなただって今までそうやってきたんじゃないんですか?

 きっと。でもどこか割り切れないままいたんだと思う。だからそろそろ限界だなって。

× がっかりです。

 どうして?

× そんな言葉聞きたくなかった。もっと強い人だと思ってた。

 そうか。

× 弱いです。私も弱いんですけど。

 弱いことに気が付かなかったんだ自分が。

× あとずるいです。

 何が?

× 逃げるのずるいです。

 それは申し訳ない。

× 仕事からも私からも。

 え?

× わかりませんか?

 何が?

× もうほんとなんでこんな人を。

 何の話だ?

× 自分の事かっこいいと思ってるでしょ。

 え、いやそんなことはないぞ。

× ダサいからほんと。

 ダサいって、上司に言う事か?

× もうやめるんだから上司もくそも関係ないでしょ。

 くそって…。でも、それは…確かに。

× 鈍感。

 すまない。

× 謝ってほしいんじゃなくて…なんでわからないかなこの人。

 言いたいことがあるならはっきり言ってくれ。

× 普通はっきり言わなくてもわかることなのに。言葉にしなくても伝わるはずなのに。ほんとありえない。最低。前世で何したの?前世カタツムリなの?人間の心、カタツムリに食べられちゃったの?

 申し訳ない。

× だから…!もういいや。私もやめます。

 君は優秀だからほかの事務所でも…。

× あんたがいないんだったら意味ないの。

 はい?

× 今の聞いてもわからないってホント意味がわかんない。

 ちょっと待て。整理する時間をだな…

× そんなに考えなくてもわかるでしょ。あほ!バカ!来世は毛虫に生まれ変わっちゃえ。

 結婚しよう。

× はい?

 俺と結婚しよう。

× えっ?

 君と結婚したい。

× …

 君だってわかってないじゃないか。

× だって突然、そんなこと言われても…

 返事は?

× 整理する時間をください。

 だめだ。今すぐ。イエスかノーか。

× …ダンボール貰いに行かなきゃ。

 はい?

× 引っ越しの準備。

 引っ越しするの?

× 駅から遠くてもいいから部屋は最低二つ欲しいの。

 俺の家、部屋二つある。

× 準備手伝ってね。

×、店を出る。○しばらく呆然とした後店を出る。#、□の所に行って声を掛ける。

# 忙しいのにわざわざすみません。

 大丈夫よ。それよりどうしたの?

# 先輩の結婚式、どうでしたか?

 来ればよかったのに。

# いや、さすがに結婚する前にあんなこと言っちゃったから行けませんよ。

 それはそうね。旦那さんにも気まずくて会えないだろうし。

# ほんとその通りです。なんであんなこと言っちゃったんだろ。

 先輩、喜んでたよ。

# ほんとですか?

 少し寂しそうでもあったけど。もっと早く言えばよかったね。

# 僕もそう思います。

 先輩幸せそうだったよ。

# それならよかったです。

 少し落ち着いたら会いに行ってあげたら?

# 今更もう会いに行けませんよ。

 本当にもう会わないの?

# もう会えないんです。

 一人で気まずいなら私も一緒に行くし。

# そうじゃなくて、明日から入院なんです。

 入院?病気なの?

# そうなんです。

 先輩は知ってる?

# 先輩には話していません。

 私から伝えてもいい?

# 先輩には黙っていてもらえますか?

 わかった。その代わり退院したら先輩に連絡してくれる?

# それもできないんです。

 連絡も駄目なの?

# 違います。退院できないんです。

 どういうこと?

# 僕が入院するのは普通の病院じゃなくてホスピスなんです。

 ホスピス…?

# 終末医療です。

 それって…

# 死に向けて、苦しまず最後を送る場所です。

 そんなに悪い病気なの?

# 実はそうなんです。

 それこそ先輩に言わないと。

# それは本当にやめてください。

 でも…

# 今日僕があなたを呼んだのは先輩の事じゃなくて、あなたが大切に思っている人の事です。

 もしかして、あいつから何か聞いたの?

# もう二度と会わないって言ってました。

 やっぱりそうなの。

# これを。

#、□にメモを渡す。

# ここにあいつはいます。

 え、海外にいったんじゃ?

# あとは自分で決めてください。

 ありがとう。

#、店を出る。$トイレからやってくる。

 あーあ失敗しちゃったなぁ。

$ 玉の輿、乗れかけてたのにね。

 本当だよ。損したなぁ。

$ 素直になれなかったから仕方がない。

 だって、絶対卒業式に告白してくれると思ってたんだもん。待ってたもん私学校で。

$ たぶんそれは向こうもそうだったんじゃないかな。

 どういう事?

$ あいつもずっと学校にいたんだよ。携帯握りしめて。あんたから連絡あるの待ってたんだと思う。

 えーそれはないない。

$ みんな知ってた。

 何を?

$ あいつがあんたの事好きなの?

 えっ!先輩も!嘘だ!絶対嘘だ!

$ 素直じゃない上に鈍感って最悪だよね。

 …嘘。何となくわかってた。でも、やっぱり怖かった。自分の勘違いなんじゃないかって。思い込みなんじゃないかって。

$ その気持ちもわかるけどね。私も似たようなもんだし。

 中学生の時は別の男の子が好きだった。でも、それをわかっていてもあいつは一緒にいてくれたのにね。

$ ほんと勿体ないよね。

 六年ぶりに再会したとき、ようやく好きって言えたんだけど。

$ 時すでに遅し、後の祭りだったわけだ。

 仕方がないよね。あいつは小中高と待っていてくれたのに。今更それに気づいてもね。

$ あんた、それから連絡してないの?

 連絡繋がらないんだ。本当に最後になっちゃった。

$ そっか。

 そういう先輩はどうなの?結婚は幸せ?

$ うーん。毎日が全部幸せなわけじゃないよ。でも、一人の時よりかは幸せかな。

 先輩の旦那さん、年下だけどかなりしっかりしてるよね。

$ なんか私ばっかり甘えてるみたいで申し訳ないなって思う時もある。

 いいんじゃない?それでうまくいってるんなら。

$ うん、今のところはね。

 なんかあった?

$ え?ううん。なんでもなくて。ただ。

 ただ?

$ 幸せになろうと必死で足掻いてる自分がいるなって。なんだかそれがおかしくて。

 まぁ、安定とか家庭から程遠かった先輩だもんね。

$ そうなの。なんだか今までの生活と違い過ぎて、嫌なことも悲しいこともしんどいことも、結婚する前に比べたらほとんどなくて、仕事もやめさせてもらったし、家の事やって、あの人が帰ってくるの待ってて、それ以外の時間はほんと昼寝したり、テレビ見たりしてるぐらいで。ほんとにいいのかな。

 時間に余裕ができて、色々な事考えすぎてるだけだよ。子供が生まれたらまた変わるよ。

$ それも怖いの。

 子供が?

$ 子供が、じゃなくて。また変わるのが怖いの。

 お母さんになるのが怖い?

$ それもそうだけど、だってつい最近結婚して、苗字も変わって、住む家も変わって、仕事もやめて、何もかも変わってしまって。何が私だったのかが全然わからなくなって。昔からの大切な友達には縁を切られるし。一人じゃないのに、二人なのに。それなのになぜか一人も、自分がそこにいない気がして。

 時間はあるんだからゆっくり慣れていけばいいと思うよ。環境の変化に戸惑ってるだけだよ。

$ うん。

 それに先輩は良いお母さんになると思うよ。

$ …どうして?

 元々バリバリのキャリアウーマンだし、頭もいいし、料理チョーうまいし、同性から見ても羨ましくて禿げそうになるぐらい素敵だし。

$ そうじゃなくて、どうしてあいつと同じこと言うの?

 旦那さんの事?

$ 違うよ。

 もしかして先輩の後輩で私の友達のあいつ?あれ?ややこしいね!

$ うん。同じこと言われて、そんで縁切られた。

 …まぁそうだよね。

$ 何が?

 そりゃ縁切るよ。

$ 何か聞いてるの?

 うん。

$ 教えて。なんていってたの?

 秘密。言ったらダメだって言われてるから。

$ お願い、ここまで濁してそれは酷い。

 良い話じゃないし。

$ それなら尚更教えてよ。

 うーん。

$ お願い。

 死んだの。

$ え?

 うん。

$ なんで?

 病気で。

$ でも、この間会ったときは元気そうだったよ。

 頑張ってたんだと思う。先輩が結婚するって聞いて、いても経ってもいられなかったんじゃないかな。

$ 本当に最後だったんだ。

 最後まで先輩の事心配してたよ。「先輩は結婚に向かないから、すぐ諦めて離婚しそうだな」って言ってたよ。

$ 余計なお世話だよ。

 でも、私にも「先輩は良い母親になる」って言ってた。今しんどいかもしれないけど、頑張ってほしいな。

$ 頑張るけど、病気なら病気って言ってほしかったし、最後に会いたかったし、なんでいつも大切なことは何も言ってくれないんだろ。

 自分の事よりも先輩の事ずっと考えてるような男だったからね。仕方がないよ。

$ 何もしてあげられなかった。してもらってばっかりだよ。

 先輩が幸せに人生全うすればそれでいいんだって。

$ 自分の事ばっかりじゃん。

 それがあいつの幸せだったの。

$ バカだよほんと。

 だよね。それは私も思う。

$ ありがとう。話してくれて。

 ううん。気にしないで。

$ 私は頑張るよ。だからあんたも頑張ろうよ。

 え、私は何を頑張るのよ。

$ あいつは生きてるんでしょ?

 連絡付かないから死んでるのかも?

$ それぐらいで諦めていいの?

 日本にいることはわかってるんだけど、どうしようもないよ。帰ってくるのを待つしかないんだよ。

$ 待ってるだけじゃ何も変わらないことはもうわかってるでしょ。私も協力するから絶対に見つけるよ。きっとあいつも馬鹿だから、探してもらうの待ってるんだよ。

 そんなことないよ。

$ 絶対待ってる。高校の卒業式の時と何も変わってない。あんたが見つけてくれるのを待ってる。

 今度は私が勇気を出さないとね。

$ うん。

 ありがとう。私もがんばるよ。

$と□、店を出ていく。

男 森に君がいると思ったからなんだ。

女 私が森に?

男 うん。

女 それで私は森にいたの?

男 うん。

女 そうだったんだ。

男 見つけたのは僕なんだ。

女 ごめんね。

男 ううん。見つけられてよかった。森で踊ってる君はとっても楽しそうに見えた。僕もそっちに行きたくなるぐらいに楽しそうだった。

女 楽しかったよ。でも生きてたらもっと楽しかったと思う。君と生きていたかはわからないけど。

男 なんで相談してくれなかったの?

女 家庭の問題だったから。

男 でも、相談してくれたら僕にだって何かできることがあったかもしれないのに。

女 無理だよ。今の君ならできたかもしれないけど、中学生の君には何も出来なかった。

男 そんなのわからないじゃないか。

女 わかるよ。子供じゃ誰も救えない。私があなたに相談しても、ただ悲しくなって、自分の無力さに喘ぐだけでしょ。何も変わらないし、無意味だから。

男 でも、一緒に悲しむことは出来た。君が企てた行方不明事件だって、僕が事前にわかってれば協力できた。

女 そうかもしれないね。そしたら私生きてたかもね。

男 君がそんな状態だってことに気が付かなかった自分にも腹が立つ。

女 君のせいじゃないよ。

男 何もできない自分に喘ぐのは、今も昔も変わらない。僕は何も出来なかった。君が死んだ事実も受け入れられず大人になってしまった。

女 この十年間忘れないでいてくれて嬉しいよ。でも、そろそろ進んでもいいんじゃないかな。

男 忘れろって言うの?

女 忘れるんじゃなくて、そろそろ受け入れて欲しい。あの時の思い出として、夏の思い出として。私が返ってこなかった夏を思い出として受け入れてほしいの。そのために小説書いたんでしょ。

男 この小説は元々別の話だったんだ。でも、君が本当に帰ってこなくなっちゃって、君の話を書きたくなったんだ。10年経ってから僕は小説を書くことを決めたんだ。

女 夏が帰ってきても君は帰らない。いいタイトルだよ。

男 僕が考えたタイトルじゃないんだけどね。あいつが考えたタイトル。でも、君の事を忘れないために、記録に残したかった。僕の記憶を記録に残したかったんだ。これで君の存在は僕が死んだってこの世界に残る。

女 もう十分だよ。ありがとう。これ以上は申し訳ないよ。君の人生なのに。

男 どうやったって、どれだけ願ったって、賞を取ったって君は生き返らないじゃないか。僕はどうすればいい。

女 ありがとう。もう今日で最後にしよう。

男 消えるの?

女 私はもういないの。この世界に存在してないの。あなただってわかってるでしょ。

男 この世界にいなくても、僕の世界には永遠に存在してるんだよ。それぐらいいいじゃないか。

女 バカ。誰ともかかわらず、自分の世界だけで生きていくの?これから素敵な出会いがあるかもしれないのに。友達だってできるかもしれない。誰かを助けることだってあるかもしれないのに。こんな小さな世界に閉じこもっていてはだめなの。

男 怖いんだよ。一人で世界と向き合うのか。君がいないと僕は何もできないんだ。誰かを好きになることも誰かを信じることも、誰かを助けることも僕にはできない。僕一人じゃできないんだ。だから君がいないとだめなんだよ。この世界に存在してなくても、僕の世界にはいてくれないと困るんだ。何も出来なくなってしまうじゃないか。何のために自分が生きてるかわからなくなるじゃないか。

女 そうやっていつまで立ち止まってるの。そうやっていつまで自分を慰めてるの。あなたは私が必要なんじゃなくて、自分が世界から拒絶されるのが怖いだけ。拒絶されずに自分の世界にいるために、自分の傷を見て、イタイイタイコワイコワイって言ってるだけ。私の事が大切なんじゃなくて、自分の事が大切なだけなんだよ。自分を守る鎧のために私を使わないで。

男 僕は本当に君の事が好きだった。それに嘘はないよ。

女 好きだった。そう過去なの。あなたの気持ちももう過去の物なの。

男 違う、今でも好きだよ。

女 それなら進んで。自分の人生を生きて。

男 君はどうなるの。

女 私はもう死んでるの。

男 もう話せないの。

女 今あなたと話してる私も、所詮あなたの創造の世界の私。

男 君の幽霊じゃないの?

女 違うわ。もし私の幽霊なら、今でも14歳の女の子のはずだから。今の私が中学生に見える?

男 見えない、同い年の大人の女性に見える。

女 それが何よりもの証拠だよ。私はあなたの創造の一部でしかないの。あなたが書いてる小説の登場人物でしかないの。この小説が書きあがった今、私は消えるだけ。

男 十年もかかってしまった。

女 でも、夢を叶えたじゃない。

男 仕事もやめて、友達も、好きだった女の子とも距離を置いてただ書くことだけに人生をかけたかったんだ。それにあの時君の事が好きだったのは本当なんだよ。

女 私も好きだったよ。

男 ありがとう。

女 楽しいこともあれば悲しいこともあるけど、生きてるだけで幸せだから、嫌なことだっていつかは終わるんだから、逃げずに頑張って生きてね。

男 うん。僕はこれからも小説を書いていくよ。そしたらまた君に会える気がするから。

女 私だけじゃなくて、みんなの事を小説にしてるじゃない。この物語に出てくるのは、君の大切な人たちの事でしょ。

男 うん、僕が生きてきた二十四年で出会った大切な人をモデルに書いてるんだ。よくわかったね。

女 君の事を知ってる人ならだれでもわかるよ。でも、もう私には会わなくてもいいかもしれないよ。だって君は…

、店にやってくる。男と場所を変わり小説を書いている。

女 君も私も彼が書いてる物語でしかないんだから。

がやってくる。男と女店を出る。

 やっぱり日本にいた…。

 え!どうしてここに?

 ニュース見てびっくりしたよ。小説の新人賞取った期待の新人って、あんたの事じゃない。

 いやぁ、ごめん。色々あって。

 仕事もやめて、連絡も取れなくなって、みんな心配してたんだよ。死んだんじゃないかって。ほんと自分勝手なんだから。

ごめん。

 帰るよ。

 えっと…

 何?

 ごめん、お金なくて…。

 は?

 財布落としちゃって…。それでホテルにもいられなくなって、でも外は寒いから、ここでその…一晩過ごそうと思って。

 賞金入ったら返してね。今は貸しといてあげる。

 面目ない。

 いや、返してくれなくてもいいよ。

 どうして?

 私と結婚するんでしょ?

 え?

 私の事、素敵だって思ってくれるのなんてあんたぐらいしかないから!小説家の奥さんなんて素敵じゃない!勝った!少なくとも博美と裕子には勝った。ざまーみやがれ!さ、帰るよ!

、店を出る。

 人生は長い坂道だ。坂道を下っていくように時間が過ぎていく。僕は十年前の夏、坂道のカーブを曲がり切れずに転倒した。けれども、それから十年がたった今。僕はまた坂道を進み始めたんだ。