観劇記録

Dull-colored pop Vol.18 福島3部作 第二部 「1986:メビウスの輪」

大川 朝也

2011年に福島県で起こった原子力発電所の事故を基に描く福島3部作の第1部。
時系列的には第一部から25年が経った世界。

物語は穂積家の飼い犬・モモのモノローグから始まります。ワンワン!
個人的にはあの名犬と名高いチーズさんよりも賢いと思われるこの犬が好きでした。
生と死を主観・客観的に見つめていたり、人間のあり方?について述べていたり、役者の方の力もあって可愛らしい犬からそんな言葉が出てきたら逆に耳に入ってくるので面白いです。

物語の最初から登場する人物(?)が亡くなるということについて、不穏な空気を感じていましたが、その後の展開でもっと心が痛む出来事が起こるので正直忘れていました。
戯曲についてる注釈を読んで、「あ、成る程、そういうことか」と納得。
感覚としては捉えられてるけど言語化できないと更に一歩深く見ることができないといううことを改めて痛感しました。

さてこの物語の主人公である穂積 忠は第一部では青年団として双葉町を守っていた次男。
福島に原発が建設・運用されて始めてからずっと原発反対を訴え続けていました。健気・・・

市長選挙にも出るが原発反対派が通るはずもなくついに議席も外された。家族はそれが原因で笑い者にされている。
この原発が、後にどうなるか知っている僕は彼のことを応援しながら見てました。
彼(のモデルとなっている人)のことを知っている方はもしかすると別の心持ちで見ていたのではないでしょうか。そう考えると更に面白いですね。

吉岡という人にはこれといったモデルはいないそうですが、実際にああいうことを言って議論を悪い方へ誘導していった人はいそうですよね。本人は無自覚かもしれませんが。
早急な対応が求められる状況では屁理屈を正論のように言えるものの意見が通ってしまうのかもしれません。その意見が例え悪いものであったとしても。

吉岡の言うことにも納得してしまうところは沢山あるので。
確かにもう原発は建ってしまった。そしてその原発のおかげで町は豊かになり、第一部の時からは想像もつかないくらいに発展してしまっている。

僕があの立場に立たされたとしても同じような結論を出してしまうかもしれません。チェルノブイリで事故が起こったことを受けて、停止したい気持ちはあるが、停止すると大変な損害が出てしまう。一人の人間として問題があるかどうかは置いといても現実的ではない。吉岡のような人に丸め込まれてしまう気がします。
ってか今思うと、止めたら数十億の損害が出るっていうのもある意味で欠点ですよね、それ。
第一部でも感じましたが、万が一は起こり得るのに机上の空論をゴリ押ししてくるような、将来的な不安に対して「仕方ない」・「予測では大丈夫という見解」みたいな言い方で終わらせて、その町のことを真剣に考えている人の「気持ち」というものを踏みにじっていく議論がなされてしまうことが悲しい。なんなら吉岡に対しては苛立ちすら覚えてしまいます。
利益重視な人たちの気持ちも分かるんですけどねそりゃ・・・ジレンマ・・・

唐突にミュージカルになってバカ騒ぎし、キャッチフレーズのようにサビで繰り返される「日本の原発は安全です!」という言葉。今でも頭に残っています。キャッチーでノれる曲だったからかな。でも実際に観ていた時は絶句していました。ああ、こうやって人間は操作され、変貌し、自分を見失っていくのかと。

ちなみに僕は昨年観たお芝居の中で一番福島3部作が好きで、中でもこの第二部のメビウスの輪が好きでした。
僕の中では第一部の夜に昇る太陽と僅差です。

それはモモとミュージカルの存在が大きいです。

モモの独白シーンでは俯瞰してお芝居を観れていました。同じ視点で物語を観ているキャラがいることによって、お芝居にのめり込み過ぎて緊張している気持ちを現実の世界に戻してくれる。現実の世界というか、お芝居から離れすぎない、ちょうどいい距離感にまで戻してくれる。

ミュージカルパートはそもそも印象に残りやすい。
大竹野さんのお芝居も途中で歌のパートが入ってくることが多い気がしますが、なんでだろう。きちんと調べてないからただ感じたことを述べますが、メロディーに乗せて、また踊りながらセリフを喋るのはそもそも楽しい(笑)
観てる方も、やっている方も。
あとやっている側は気持ちいいのかもしれません。本当に感情をそのまま露出できるというか。力が入りやすいし気持ちがノリやすいのかなと。観てるこっちも心を動かされやすい。
ミュージカル・・・はあれだけどいつか歌って踊るお芝居をしてみたいです。

第64回岸田國士戯曲賞受賞、本当におめでとうございます。