観劇記録

居留守「ふるえる。」

居留守「ふるえる。」-感想-

演出:山崎恭子

演奏:中川裕貴

●出演

竹ち代毬也

佐々木峻一(努力クラブ)

重実紗果

 

 

大川朝也

居留守
「ふるえる。」
8月30日 19:00回を観ました。

ラジオから流れるコマーシャルと、それを繰り返す男性(佐々木俊一さん)。
しかし、段々と情報が多く、そして被せられていくことによって混線し全く別の新しいコマーシャルになっていく。コラージュ。情報の洪水。
それから続いていくシーンもシームレスに進行し切れ目が分からず、どこか混線していってるような気がしました。

また他の登場人物も机の上にお尻だけ乗せて、まるでふるえているように、藻がいて、足掻いているようにセリフを発する。
もしくは腹筋。笑

フィジカルが凄い。特にお尻。

発するセリフというのも、自分を問うようなものばかり。

自分とはなんだ?自分は何で構成されているんだ?他人の評価?
おかしなものは淘汰される。

最近は「自分とは何だ?」ということを考えさせられる劇が多い気がします。
いや、たまたま俺がそういう劇を多く観てるだけなのか。
引き寄せられてるのか?

実際、僕自身「自分」の在り方には色々突っ込むところがあり、できれば改善したいと思うことが多々あります。そして、それを、そもそも「考えるよう」にしてくれたのは演劇です。

観た後、しばらくして色々考えが溢れてきました(笑)
仕事終わった直後全力ダッシュして観劇したらさすがに頭働かないですね(笑)

うーん、もう一回観たい。

桜田燐

居留守『ふるえる。』

言い表そうとすると感覚的な言葉ばかりになってしまいそうですが、情報の混濁、部屋の中で蠢く塊、窮屈な秩序、というのがざっくりと浮かんできました。

セリフは終始お互いではなく観客に全て投げかけられている。
ラジオの情報をそのまま口に出していき、どんどんと違うものが流れては口に出し情報が混雑していく。

混雑していくごとに物理的に動きが激しくなり、座っている木製の机は大きく音を立てて軋む。
何かを早口で囁く。同じ言葉を繰り返しているような気がする。
ラジオの音が軸となって動いたり止まったり倒れたりなどし、楽器のケースを壁に立て掛ける。
コンビニで働いている話をする。腕や足の動きで例えられ、テキパキと仕事をこなす様が見える。

属性的なものからモラルや倫理的なものまで、広い質問を次々に繰り広げていき、規則的な何かに従って、不正解者は腹筋。
途中暗闇の中で言葉が何度か投げかけられた。
私はしばらく、机の下の支えのようなものの端の方にある皮が捲れた部分を見ていました。
あとはとても静かに進んだ印象が残っています。

頭の中を整理するために、覚えていることを書き出してみました。
先に言ったように見ているときというのは目の前で何だか空間が揺れている、歪んでいる、感覚を見失うような感じがありました。
私は現代への風刺のような気がしました。

暗黙の了解なんてよく聞きますけど、それって結局「空気読まなきゃ」とかいう意識の集合みたいなもので、読まなきゃはぶられる、読まなきゃ白い目で見られる、読まなきゃ…。

ほとんど精神的な身動きが取れなくなって、ポロロンと音を奏でて、何だか地べたに横たわって力なく歌を歌うようなイメージが浮かんできました。ふるえる。

ふるえている、ふるえるしかない、ふるえるべきだ、ふるえていこう、ふるえる。

投げかけられる言葉達は全て、ふるえている気がしました。