読書記録

イプセン「人形の家」

イプセン「人形の家」-感想-

イプセンの人形の家。今更僕がどうこう言う必要が無いくらいの名作である。作品の構造、登場人物の感情、バックボーン。全てにおいて現代のメロドラマ・会話劇の基礎と言っても過言じゃないと思う。時代背景は違えど扱っているテーマは普遍的。現代で上演してもこの作品の持つエネルギーは観客の心を動かす。特に人形の家の主人公であるノーラ(テクストによってはノラ)はこの作品が書かれた当時は非常識な女性と世間では捉えられていた。でも、現代社会でノーラの行動を当てはめてみると決して非常識ではなく、むしろ夫であるヘルメルの言動こそ批判されるだろう。妻を物として愛でる夫。今の世の中ハラスメントになってしまう。この戯曲が生まれてからたったの140年で社会情勢は大きく変化し、男尊女卑から男女平等になり、男女共同参画社会へと移り変わった。ノーラの行動はある意味で内に籠もった女性が社会へと出て行く過程を描いた物とも言えるのかもしれない。内に籠もった、とノーラの事を評したが、よくよく考えると元来ノーラはしっかりとした女性だったのかもしれない。病気の夫を助ける為に夫に黙ってお金を借りて、夫にバレずに返済していく。内職や翻訳の仕事をしてお金を得ていたわけだから、自立への第一歩を踏み出していたと考えられないだろうか?第三幕でノーラがヘルメルの元から去る事を決心する背景に1人で生きていける自信が既に構築されていたのかもしれない。本来ノーラが持っていた強さを無意識的に夫であるヘルメルに隠していた。そしてグログスタ(ヘルメルの部下であり、ノーラがお金を借りた相手)の一件でのヘルメルがノーラに対しての感情を爆発させた時に、弱い女性を演じていたノーラではなく、本来の強い彼女が表出されたのかもしれない。(社会的に女性はそういうあるべきという事を生まれた時から父親に言い聞かされていたからだろうか。)ノーラに限らずこの戯曲が発表された頃の人々は男女を問わず、女性というものはこういう風であるべきという認識を持っていたのかもしれない。(奥ゆかしく、夫に逆らわなず、男を立てるというもの。亭主関白が許されていた時代。)日本で人形の家が始めて上演された時も、ノーラは新しい女として取り上げられていた。中国においては女性解放運動にも大きな影響を与えるほど、ノーラという女性の生き方は世界中に影響を与えている。最終的にノーラは夫の人形であり続ける事を選ばず、人間になる事を選んで物語は幕を閉じる。今の時代ではよりこの作品のメッセージは強く伝わると思う。どういう風に劇世界を立ち上げて、舞台に載せるべきなのだろう。どうやれば面白くなるのだろうか。現代風な演出をすべき?それともあえて古典的にやるべきか?演出家のさじ加減で如何様にもなりうる。僕ならどう作り上げていくだろう。そんなことも考えてみるのも面白いのかもしれない。いつか上演したいと思う。【森本】