稽古日誌

稽古日誌2020年2月3日パート②

桜田 燐

ゲシュタルト崩壊した桜田です。

ゲシュタルト崩壊したかどうかはさておきとして、久々に酸欠になりました。人類の地獄を見た。

本日の稽古は少しショートカットをしてストレッチ、などなどののち、高速マジカルバナナと頑張れ数字飛ばしをしました。

最近は意識の分散というのをテーマにしていて、いつもマジカルバナナをする時は視覚情報を最小限にして聴覚情報をハイパワーにしてというようにやっていましたが、やはり人間には真価というものが存在しておりそれを引き出さなければ宝の持ち腐れですので、人間には何者にも負けない底力があることを証明するためにみんなの顔を見ながらめげずに挑み続けていました。しかしそれは過酷なるもので(略)した。

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のちに台本稽古。

何がポイントかって、やはり必死さというのは重要。必死じゃなければドラマは生まれない。我々は普段必死に生きているから色んな事が起こったりするわけで、それなのに舞台で必死にならなければ何も生み出せない。生み出されるのは無限の可能性。ある意味その可能性を追いたいと潜在的に思っているようにも感じる。何より楽しい。

エチュードとかで例えば突発的にルールが出てきたとして、そのルールというのは世界観をお客さんに認知させるひとつのものなのかなと思いました。

今回出てきたのは「発言する時は挙手する」というルール。舞台に出ている役者みんながルールを守ることによってそこでお客さんにもルールが浸透し、
「この世界にはそういったルールが存在する」
ではなく
「このルールがこの世界」
と、極端ですけどそれを前提に置いて作品を見始めるようになるのではと感じました。

もちろん見方によって個人差が生まれると思いますが、作品の中に存在する「ルール」というのはお客さんが作品を理解する方法の一つにそれがあるのかなと。
ふと思いました。

まだまだどういうものが出来上がるのか全く予想がつきませんが、人間圧ならぬ個性圧で無限の可能性を生み出していきます!!

小川 千穂

ここ最近、疑問に思う物事が多く感じる。
しかもちょっと考えても
なかなか答えにたどり着かなそうなもの。
逐一誰かに尋ねるのも
なんとなくナンセンスというか
困らせてしまうだけな気もするので
仕事しながらぼんやり考える日々。

いつものようにストレッチのあと、
マジカルバナナや数字飛ばしをして
3月公演の台本稽古に入ったはいいものの
ただただ疑問を増やし続けた。
「『ちゃんとする』とは」
「真面目とは」
「自由に動けることは
ちゃんとしていることではないのか」
「声が変わらないのは何故か」
「どうすれば声が変わるのか」…etc.
こう、挙げ連ねると狂気を感じる。
ただ、新発見もある。
自分の声は説得力があるように聞こえるらしい。
人からは真面目に見られるようだ。
ちゃんとした人間に見えるそうで。
「にわかに信じがたい」の一言に尽きる。
普段の生活ではともかく、
演劇活動をする上でわたしにはその、
「真面目」は邪魔をしているようだ。
とはいえ「何かをしないようにする」というのは
むずかしい心構えだけれど。

稽古終わりに鳥井さんと話したが、
一通り振り返っても
私は「難儀な人間だ」と思った。
でも興味深い発見でもあり、
なんとかして自分の難儀さを
砕き尽くしたい今日この頃。