稽古日誌

稽古日誌2019年12月4日パート③

桜田 燐

演劇ってなんだろう。

この疑問自体は度々ぶつかる。実際、本当にわからない。そして変な感じがする。何か、抽象的?私の中でデータのない物を模索しているからだろうか。決してそれだけではないと思うけど。

自分の思う演劇と人の思い描く演劇を理解しようと思った。

認めてくれなくったっていいじゃん。

そういう人生だったじゃん。

今更受け入れられなくたって±0じゃん。

私は私で私の演劇を探しながら引いたり足したりしたらいいじゃん。

私だから私なんじゃん。

あなたの追い求めてる演劇はどこの偶像だい?

私の演劇は狭かった。

あ、過去形ね。ここ重要。

演劇はそんなちゃちなもんじゃない。

そういう意味で言うなら、私は演劇を舐めていたと言えるだろう。いやなめてないけどね。

私の求むるべきは、私の演劇。

え?人生ですか?いいえ演劇(じんせい)です。

そして私は諦めの悪い人間。

そして最速で諦めもする人間。

物は拠るが。

ちゃんと発言していこう。

メンタルブレイカーでいたい。は?

うん、思考が纏まらん!

ドロン!

雪上 陽生

普通にやるとか、真面目にやるとか、ちゃんとやるとか、、遊んでやるとか、、、

今まで全然分かってなかった。

遊んでやるのと普通にやるの間に壁があったんです。

普通にやる、ちゃんとやるの方は、本番と思って真面目にするってイメージでした。これは、自分の想像の範囲内の固まったものしか出来ない。

遊んでやる方は、本番ではしない、つまり普通にやる時にはやらない事を思い切ってするイメージ。

こんなイメージだったから、「何も考えず普通にやる演技」と「遊んでみる演技」に境界線があって交わることが無かった。普通に遊べなかった。

↓こんな感じ↓

普通        壁       遊ぶ

<━━━━━━━╋━━━━━━━>

(固まった演技)

毎回固まった演技から始まり、もっと遊ぼうと言われ、少し良くなったと言われて、次の稽古でまた固まってるから遊ぼうと言われ、、、

これじゃあ中々進めない。

遊ぶって言葉が分かりにくいのかな?

演劇って自由なんですよね。自由にやりゃ良いんです。自由に動いたら良いんです。

その中で演出によって台詞や動きに台本上の制限がかかってくる。

                 自由(遊ぶ)

<━━━━━━━━━━━━━━━>

制限             制限

小                大

常に自由に。制限がある中でも自由に。

こんな風に演技ができたら良いなと思います。

ただこれ家で台本読んで稽古毎に役への認識を深めていかないといけない。

家でしっかり役への認識を深めて、稽古場では忘れて自由に動く。

何ヶ月も前から言われていたのに意味がようやく分かった気がします。

とりあえず僕の今の考えはこんな感じです。

ただ僕は考えがすぐ変わるので、その都度稽古日誌に書いていこうと思います。

真島 岬

はい!今日のお稽古はですね!
主催が帰ってきてから初めて私が参加出来たのですが、
自分が気づいてもいなかったこと、
気付いていたけど改善の仕方がわからなかったこと、等色々なことに関して意見をもらいました。

殻を破る、っていうのは、第三回公演の時はできていた気がするのですが何故か出来なくなっている気がします。
もしくはその時できてた気がするのは初めての舞台だったからであって、現在は自分自身に求めるもののレベルが上がっているからそう感じるだけなのか…….

どちらなのかは分かりませんが、ただひとつ分かることはこのままじゃヤバいということのみです。

しかしこんな事言ってたら主催に
「もっとテキトーにやれ~〜!」と怒られそうなのでもう言わないでおきます。
テキトーにやるって何なんだろう。
他のことに関しては普段からテキトーすぎて怒られるくらいテキトーなのに、いざテキトーにやれと言われるとテキトーにできないです。天邪鬼ですね。

自分に素直にやりたいのに、気を抜けば自分に素直に、が出来なくなってしまいます。
思ったこと、感じたことをそのままスっと表現したいです。
やっぱりこれ前までできていた気がします。

うーーーん。

1日100万時間欲しい!!!!!!