稽古日誌

稽古日誌2019年11月27日パート①

桜田 燐

最近、色んなことが演劇と通づるように思えてなりません。すべての道はローマに通ずなんて言うように、私にとってはローマが演劇です(語弊)

いや、きっと私が不勉強なだけで実はローマでとびきりすんごいのがあるのかもしれない。まあそれはさておき。

色んな出来事を思い出し抱いた思いを噛み砕き「演劇だなぁ。」

怠慢の結果苦しんで来た過去があってもなおちょっとずつしか学べない自分を客観視して「演劇だなぁ。」

すべての道は演劇に通ず。

何をしててもこうにしか思えなくなってきた。

普段私は職場の人と演劇の話なんてまずしないんですが、低気圧なのか気が緩んだのか何なのか、気付けば脈絡なくパートさんに演劇の話をしていました。

正解はないけど、自分で決めた(定めた)正解は正解ではない。

これは単に私が考えたことにすぎないので軽く流してほしいのですが。

要はぽんっと突然この人と普段しない会話をしている様がまさに演劇だなぁと思えたということです。

その人の人柄に潜在的に信頼を置いていて、この人になら話してもいいだろう、この人に話したい、あるいはこれを話したいけど誰でもよかったのかもしれない、あるいは話そうとしたわけではないけど思考が勝手に飛び出ただけなのかもしれない。

理由は色々考えられますが、もっぺん端的に言うとそれさえも何だか演劇的に思えて仕方がないということです。

私はめんどくさがりです。そうやって極力省ける手間は全て省き省けない手間をどのように組み立ててより早くめんどくさいと感じる時間を終わらせられるかに注力してきた結果ハードルがいつしか低く設定され何とまぁ悪い癖が地中深く根付いており今まさにそれに悪戦苦闘しているわけですが、うわ!演劇的だ!と勝手解釈で全て演劇に変換されていますなう。

要はそゆこと(どゆこと)

これは、稽古日誌。

稽古を日誌るぞ!さ!く!ら!だ!ファイッ

本日のお稽古。

めずらしく代役も本役もせず、見ること聞くことに集中し続けた日でした。

不完全燃焼感は拭えませんが本能が「これはきっと必要なことなんだ」と叫びたがっているので頭でそう理解しています。うんまあ実際そうやし。

一点集中しているとだんだん状況や足りないもの、エクセレントな部分などが回数重ねる毎に少しずつ明瞭になっていきます。

それが面白くもあり、悩ましくもあり、結構学びにさせてもらってます。

言葉を扱う。セリフを扱う。類義語か?いや対義語?

何せ、セリフを言えば言葉になるわけで、でもみんなその言葉を起こす作業に齷齪しているわけで。

起こす前に足りないものがあったり己の性質が隔たりになっていたりなど様々あるわけで。

こういう時必ず思うのが、自分のことを自分が1番分かっているとはよく言いますが、それ本当?と思ってしまう。だって私がそうなんだもの。

そりゃ昔に比べれば分かる部分は圧倒的に増えているでしょう。

でも経験していないことがそれ以上に増えているわけで、それを通して感じるものも事柄ごとに変わるはず。もし同じなのだとしたら何か共通しているものがあるはずで。

人生において、たくさん悲しんだ、たくさん怒ってきた、たくさん笑った、たくさん喜んだ、そういう感受性ってのは千差万別で多かれ少なかれみんなあること。

でも、それが多いからといってだからできる、なんて単純原理でないのが演劇。

奥が深いと思う。

ぽろっと零した話を聞いたパートさんも「奥が深いんだね」と言っていました。

どっちかって言うと、数よりも中身のが重要なんだと。

その時、自分はどうして悲しんだ?何に対して?どうして怒った?何が引き金だった?それは何で?どうして笑った?何が面白いと感じた?どうして喜んだ?何が嬉しいと感じた?っていう中身。

疑問が多いな。

くらえ!クエスチョンマークとエクスクラメーションマーク!(必殺技)(っぽい)

最近は色々思いながら、しかし思考を止めることなく演劇に向き合ってるのですけども、考えても考え尽きないのはさすが演劇。マジ哲学。今「演劇とは?」って聞かれたら余裕で速攻「哲学!(被せ気味)」と答えそうなぐらいには哲学じみていると思っている。てか感じている。

演劇って、なんだろう?

伴 茜

今日は仕事でエネルギーを使い切ったと思っていました。でも稽古になるとわたしの中の非常用電源が活用されます。

むしろ一日今日稽古だなぁって身構えるより、こんくらいの日の方が調子良かったりします。

今日はわたしの中でなんでうまくいかないんだろうというつっかえの原因の1つを見つけることができました。めからうろこです。

きっと言葉で友達っぽくと言われてもわからなかったとおもいます。代役を活用して気がつく、、、すごい、一生ついていこうと思いました。よろしくお願いします。

物語の最初から最後まで知っている役者は、結末を知っていても知らない視点を知ってなくては行けません。すごく簡単そうに見えて当たり前に見えてそれに気がつけないことってたくさんあるのだなって思いました。わたしの演劇のモットーは「人々に夢と裏切りを」です。ハリポッターみててもさ、最後までスネイプが実はいい奴なんてわからないじゃん?スネイプが愛情表現するのなんて最後だけなのにめちゃめちゃ愛伝わるもんね。

私は日常生活でもすべての人、もの、生物を同じように愛そうと思って接しています。ずっと100で。でもこれはわたしの心持ちであって実際のわたしは0~100の間で大きく変動しています。

わたしの演じるわたしは、この理想に近い想像したわたしなので100か0かしかないんです。お凉さんにもっと細かいのが欲しいと言われた意味がわかりました。こういう意味で言ってくださったのかは定かでないですが。

あ、帰り道に書いてるんですが、職場に荷物取りに行ったら急にすごく気持ちが仕事帰りみたいになりました。五分前のわたしはこんな気持ちになるなんて想像してなかった。

当たり前すぎて字にするとバカっぽいですね。それでもわたしにとっては大きな学びです。

辻合 直澄

今日の稽古、収穫が多かったです!

前回、指摘をもらったところを自分なりに考えて修正して臨んでみました。でもきっとそんなのは周りからみたら些細な変化で根本的に変わった訳ではない。

トリトンとあるシーンをしました。すごくテンポがよかった。会話で生まれるものもたくさんあった!なにより心地よくて楽しかった!あれくらい力抜いてやればいいんですよ!いつもセリフに囚われてガチガチになる。「セリフに意味はない!」主催にそう言われたことがあります。それを思いだしたと同時にトリトンにビンタされたような気分になりました。

とりあえず良い感覚を見ることができました。

演劇は遊び!やっぱりずっと力入ってたな、、

たくさん時間頂いてありがとうございました!

真島 岬

私は、井上という名のハムスターを飼っておるんですが、井上が最近体調崩しておりまして。

風邪をひいているもので、お医者さんにシロップにお薬を混ぜた、甘いお薬を貰ったのですが何故か口に近づけてもガン無視されるのです。普通のシロップなら飲むのにやっぱ賢いんやな…わかるんか…と思いダメもとでお気に入りのおやつにそのお薬を垂らして口に近づけるとめちゃくちゃ普通に食べました。やっぱりアホでしたね。可愛いです。

前置きが長くなりました。これ以上井上の話をすれば朝になりそうなのでこの辺でやめときます。

今日のお稽古ですね!

体の力を抜いて誰かに支えてもらうやつ、をしました。これが思いのほか難しい。。

無意識で肩や腕に力が入ってしまっているみたいで、力を抜くことが上手にできる人、すごい!と改めて実感しました。

そして台本のお稽古です。

やはりまだ、改善すべき点はてんこ盛りです。

自分自身に話しかけるって何なのでしょう、、、

わかるような、わからないような。

いや、何なのか、はわかるんです。

私は、自分自身にめちゃくちゃ語りかけます。

でも、それは意識せずにしてる事なのでいざしようと思うと出来ないもので、、。

これが今回の舞台の課題になりそうです。

今日は稽古の後半はずっと無楽くんと2人でウヌウヌ悩んで、話して、試して、を繰り返していました。ひたすらに試行錯誤です。

これまた楽しいんですよ!

考えるし疲れるけど、楽しい、、!

これからもウヌウヌ悩みつつ、色んな人に助けてもらいつつ、頑張って参ります。